ビターチョコが甘い理由(わけ): side クリフト


「あたしの気持ち。受け取って」

うつむき加減で。ほんの少し,両肩を上げて。
瞳を強く閉じたままの姫様は,両手で大事そうに持っていらしたそれを,机に向かっていた私にずいっと差し出した。
淡い黄色のやわらかそうな布と,鮮やかなオレンジ色のリボンで彩られた小さな包み。
その中身が何なのかは,姫様のこの様子ですぐにわかった。


・・・・・・どうしよう。
顔がにやけてしまう。抑えないと。
とりあえず,平静を装ってできるだけ自然な笑顔を作り出して,

「ありがとうございます姫様」

そう言って,包みを受け取った。
ふわぁっ,と。花が開くような表情を目の前で見せられ,正直めまいがする。

「開けてみても,よろしいですか?」
「ええ!もちろん」
「では,こちらで・・・」

机から離れてソファーに移動し,姫様にも隣に座っていただいた。
横から注がれる期待のまなざしと膝の上で不安げにせわしなく動く指先が,こんなにうれしく感じられるなんて。


そっとリボンを解いて,布を開く。
中から現れた小さな箱を開けると,そこには少し形の崩れたハートのチョコレート。
しばらく無言でいると,それを絶句と取られたのか,姫様は慌てて必死にしゃべりだした。

「ごめんね,ごめんねクリフト!ほんとはもっともっと,きれいな形にしたかったの。
でも上手くいかなくて,こんなにがたがたになっちゃって・・・。もしかしたら味もすごいことになってるかもしれない」
「いいえ。違います姫様。すみませんうれしくてつい,言葉が出なくて」
「えっ・・・・・・」
「まさかあなたから,チョコレートをいただけるなんて。この風習をご存知ないと思っていたから」

私の言葉に,目をまんまるにして驚かれる姫様。

「クリフトは・・・知ってたの!?バレンタインデーのこと」
「いえ,今朝までは知りませんでしたよ」
「じゃあ,どうして?」
「今朝から何人か,チョコレートを持ってこられた方がいらしたので。そのときに聞きました」
「えぇっ!?」

一瞬で翳るその表情。こうなることはわかっていたのに,どうして言ってしまったんだろう。

「でも,受け取ってはいませんよ。丁重に,お断りしておきました」
「・・・・・・ほんと?」
「ええ」
「チョコには,義理チョコっていうのもあるのよ?それも全部,断っちゃったの?」
「はい」
「どうして?」
「だって」
「だって・・・?」

・・・・・・そう。いくら,この,軽く拗ねた顔と,さらに最後にきっと見せてくれるとびきりの笑顔が見たかったから,って。

「一つでも受け取ってしまったら,あなたが悲しむと思ったので」
「そ,そんなことないわよ!」
「そう・・・ですか?」
「ええそうよ!クリフトが誰からチョコをもらっていても,別に関係ないもの!」

ここまできっぱり言われると,分かっていてもちょっと悲しくなる。

「残念。うぬぼれさせて,もらえないんですね」
「?」
「あなたを悲しませるようなことは絶対にしてはいけないと,そう思って。
なので,他の方からのを断ることで,私は自己満足に浸ろうとしていたのですが。
関係ない,と言われてしまっては・・・」
「・・・・・・か」
「はい?」
「クリフトのばかー!!」

どかんと衝撃を受けた。いや物の例えではなく実際に体に。
ソファーに座ったまま,結構な勢いで胸に体当たりしてきた姫様。不意打ちに思わずよろめいて,
左の肘掛けに後頭部をぶつける。木製でなくて皮製の柔らかいもので本当によかった。

姫様は,私の両肩をその華奢な腕で押さえ込んだまま,上からじっと見ている。
うわ,お願いだからどいてください。そんな切なげな目で見ないでください・・・。

「駄目」
「・・・は?」
「あたし以外の人からもらっちゃ,絶対に駄目・・・」
「姫・・・様」
「酷いわよクリフト。もう,素直にそういうしか,なくなっちゃったじゃない。
あなたに渡して,受け取ってもらうまで,ものすごくドキドキしたんだから。不安で,もうどうしようもなかったんだから」

渡した後の逃げ道ぐらい残しておいてよぅ。と。
なんとも可愛らしい声が降ってくる。真上にある瞳。かすかに染まる頬。私の胸にまで届く柔らかい亜麻色の髪。
目が離せない。魅入られたように。

半ば無理矢理,視線を左にそらす。
ふと,チョコを包んでいた黄色の布の中に埋もれている,小さなカードが目についた。

「失礼します」

姫様の手をそっとよけて身を起こして,それを手に取る。
姫様の,字。私に宛てた,メッセージ。


『クリフトへ。これからもそばにいてね』


「もうちょっと,気の利いたこと,書こうと思ったけど。なんて書けばいいのか分からなくて」

恥ずかしそうにうつむく姫様。

・・・・・・ああ,もう。こんなことを書かれてしまっては。そんな表情をされてしまっては。
笑顔が見たくて少し意地悪をしてしまったことを猛烈に後悔した。
同時に,こみ上げてくる純粋な喜び。

「ええ。ずっと,お傍にいます」
「うん!」

ようやく見れた最高の笑顔は,魔法でもかかっているのではないかというくらい,私を惹きつけてやまない。
手を伸ばして抱きしめると,姫様は一瞬こわばった後すぐに力を抜いて,うれしそうに私の肩に額を擦り付けた。

「本当にありがとうございます」
「よかった,喜んでもらえて」
「チョコレート,早速いただいてもよろしいですか?」
「ええ!食べて!・・・・・・でも,おいしくなかったらごめんね」
「いいえとんでもない。では一緒に食べましょう」

その大きなチョコを食べやすいように割ろうとしたら,姫様が慌てて止めてきた。

「割っちゃ駄目よ。そのまま食べて」
「えっ・・・このまま,ですか」
「うん。だって・・・それ,ハートだもの」
「は?」
「ハート,割るの,なんだか嫌・・・」

ああ。そういう,ことか。
・・・可愛い。

「では,いただきますね」

割らずにまるごと手に持って,端をかじった。
思ったほど甘くない。むしろほんのりと苦い。どうやらビターチョコのようだ。

「おいしいですよ」
「ほんと!?」
「ええ。姫様もどうぞ」

はい。と渡すと,姫様はチョコを取らずに私の手ごと持って,ハートの上の部分をかぷっと口にくわえた。
うわあなんてことされるんですか。顔に血が上って行くのが自分でも分かった。


「・・・ん。よかった,形は悪いけど,味は大丈夫みたい」
「でしょう?」
「でも,あんまり甘くないね」
「もともと,甘さが控えめのチョコレートだったのでしょう」
「そっか…。もう少しお砂糖を入れればよかったかな」
「入れなくても,あなたのせいで甘いけど」
「え」


笑う私を,不思議そうに覗き込まれる姫様。

あなたはお砂糖みたいに,勝手に私の紅茶に溶け込んだり,無意識に細い飴の糸を撒き散らして私を絡め取ってるんですよ。
そう思ったがもちろん,その言葉は唇には乗せない。


そのかわり何も言わずにくちづけたら,甘さを増したチョコレートの味がした。




TEA BREAKのオレンジペコ様とのバレンタイン特別企画です。
ペコさんのサイトの,「side:アリーナ」からの続きとなっています。
ペコさんアリーナにチョコレートを貰ってからの,クリフト視点です。
ペコさんと合作だなんて!なんだかまだ夢のようで信じられません。緊張でどきどきでした〜。
うちのいつもの神官より3割増しで饒舌になっています。
だってペコさんアリーナを翻弄して,かつこっちも翻弄されるためにはこのくらいじゃないと。
お約束をあえて取り入れつつの甘い展開,書いていて最高に幸せでした。
ペコさん,本当にありがとうございました!

TEA BREAKへ  雪待月の詩へ