浅葱色の夢
「日なたでこうしてると,あったかいね〜」
「ええ。もうすぐ南風も吹く時期ですしね」
「春,かぁ・・・」
「そうですね・・・。ここもじきに,小さな野の花々で覆われるんだと思います」
細かな水滴を湛えた,いい匂いのする柔らかな草。
緩く優しく吹く風がわたしとクリフトの髪を遠慮がちに揺らして,東の方に見えるアネイルの街のほうに流れていった。
視界いっぱいに広がる空には雲一つなくて。
・・・なんだか不安になるのはきっと,穏やか過ぎるせいなんだと思う。
「暖かくなったらきっと,ブライの腰もよくなるよね?」
「はい。やはり寒さが一番の原因でしょうから」
「いっぱい,ゆっくり,温泉浸かってもらおうね」
「湯治は腰痛には一番の薬です。きっとすぐに回復されます。だから安心して」
「うん」
時々,語尾だけ敬語が抜け落ちる。昔からたまに。
ほぼ真上に見えるクリフトの青い髪がさらさらとそよいで光に透けて,綺麗な色になった。
「ねぇ」
「・・・はい」
「サントハイムも,晴れていると思う?」
「ん・・・。どうでしょうか」
「今年も花は,ちゃんと咲くのかな」
「咲きます。必ず。
城の庭園の花も,草原の花も。道端の花だって咲きます,春が来れば」
「そうね。・・・ありがと」
「いえ」
春を2回数えるうちに随分変わったその顔は,それでも笑うとやっぱりどこか幼い。
「重い?」
「いいえ。こうして膝に乗せてしまえばそうでもないですよ」
「そっか。うん。・・・ならいいんだけど」
白い蝶がひらひらと寄って来た。
「うらやましいな」
「え・・・?」
「本」
「!」
クリフトの目が見開かれる。
彼の膝は現在,最大のライバルである医学書が占領中。
すぐ横で仰向けに草原に寝転がっていたわたしは,くるりとひっくり返ってうつ伏せになった。
目の前の草をぷちぷちとちぎって,上に投げる。そよ風に色が付いた。
「どかしたほうがいいですか?本」
「いい」
「でも・・・」
「いいの」
何かのかけらを一生懸命運ぶ蟻たちの行列を,目で追った。頑張ってるね,みんな。
わたしも,頑張らなきゃ。
でもだからって,頑張ることと,焦ることは,違うんだきっと。
クリフトの言葉はいつも,さりげないヒントをわたしにくれる。
・・・ちょっと最近,頼りすぎ,かしら。
うん,いいよね?甘えても。
「本は,そのまま読んでていいから。髪,撫でて」
うつ伏せだから,クリフトの表情の変化は,見ないですむ。
「・・・はい」
こめかみ辺りの髪が遠慮がちな指にすくわれて,するすると毛先まで滑っていった。
今度は手のひらで頭の後ろのほうを撫でられる。
大きな手の感触と共にどっと押し寄せる安心感。
伝わる,気持ち。
そのうちにだんだん,意識が地面より低いところに引きずり込まれていく。
きっと彼は,わたしが眠ってからようやく本当の笑顔に戻るんだろう。
緑の草と青空と,さっき見た光に透けるクリフトの髪の色が目のうちで混ざって一つの色になって,その後白くなって, そして消えていった。
小さな後書き
ちょっと疲れると不安になるもんです。
ついつい,頼ってしまう姫様。まだ少し子供です。
クリフトのほうはというと,「主君からの命令だから」と自分に言い訳。
穏やかに笑えるのは, 建前がいらなくなった後なのでした。
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