異国のうたを奏でよう

腹が減った。
いや,昼飯はちゃんと食べたんだ。でも絶対夕飯まで持ちそうにない。今朝から出航の準備でぱたぱた動き回ってたせいかもしれない。
何か食べるものを探しに,俺は船の中の調理場へ向かった。クリフトがいそうな気がする。



「竜の神様」についての話を聞くために,スタンシアラへ行きたい。
朝食のとき,俺とアリーナ,クリフトは,そのことを皆に伝えた。
反対する者はいなかった。けど,積極的に賛成する者も誰もいなかった。目的が漠然としすぎているからなんだろう。
そして何より,昨日の今日。特にマーニャとミネアのショックは大きい。
それでも,今は留まるより動いたほうがいいと,そう思ってくれたみたいだ。

天気は最高,波も穏やか。とりあえずこの分だと,何事もなくスタンシアラにたどり着けそうだった。




調理場にはやっぱり,クリフトがいた。
でも,料理はしていなかった。ダイニングテーブルに紙を並べて,何か書き物をしている。

「クリフトー」
「はい,どうしました?」
「腹減った!!」


・・・あ,笑ったなぁ?


「ごめんなさい,まだ晩ご飯の支度,始めてないんです。お菓子でもいいですか?」
「おう!ちょうどおやつの時間だし」
「そうしたら,ええと・・・・・・,これ」
「おおっあのサブレじゃん!」
「母からもらってきました。どうぞ」

袋いっぱいに入ったアーモンドサブレを受け取った。
サランのクリフトの部屋で食べたやつ。これ美味いんだよなぁ。
早速3枚ほどまとめて口の中に放る。さっくさくの歯ごたえ。広がるバターの香り。
すっげー幸せ。えへへ〜と笑っていたら,クリフトはテーブルの上の紙をまとめて揃えて,俺に差し出した。


「・・・ん??」
「ちょうど今,完成したんです」
「ふぁんだ,ふぉれ?・・・っげほっ!!!んぐーっ」
「ああっ大丈夫ですか!?これ,これ飲んで!」
「うぅ〜!・・・・・・っは・・・。わりぃ」
「こら。いっぱい頬張るとむせてしまいますよ?」

クリフトは両手を腰に当てて言った。
珍しく芝居がかった仕草。怒っているつもりらしい。ふーんだ,全然怖くねえもん。
でもむせるのは苦しいから,ちゃんと飲み込んでから喋ることにする。

「ごめんごめん。えっと・・・なんだ,それ?」
「昨日言っていた楽譜です」
「まじで!さんきゅクリフト,早えーなぁ!」

楽譜に起こしてと頼んだ,スタンシアラの歌。
受け取って,ざっと目を通した。異様に見やすい。綺麗な音符書くなあ。
・・・うわ,やっぱり二番のメロディだけありえないほど複雑だ。なんだこりゃ。
試しに二番の最初の一節だけ,声に出して歌ってみた。

「わたしが舵を手にするとき 貴女は幼い子供になる」
「あ・・・」
「あれ?違ってるか?」
「いえ,合ってます。合ってるんですが・・・」
「分かってるって。俺が歌うとなぜか,何でもかんでも元気良過ぎになっちまうんだよなぁ。
 声質のせいかな。・・・こっちなら大丈夫なのに」
「笛?ですか」
「おぅ」


懐から小さな横笛を取り出した。昨日までは荷物の下敷きになっていた。


「意外だろ?俺が笛吹けるのも,楽譜読めるのも」
「え,え?・・・はい」
「げ!はっきり言いやがったな〜?」
「あっごめんなさい」


昔から,楽譜だけは何故かするすると頭の中に入った。
ほかの勉強は苦手だったのに。呪文覚えたりするのも,すっげーてこずったのに。
ノイエは芸術家向きなのかなと,父さんによく言われたっけ。


「聞きたいです,ノイエの笛」

クリフトの目は,思いっきり期待に満ちていた。悪い気はしない。

「よっしゃ!じゃあ甲板行こうぜ」
「ここでは駄目なんですか?」
「駄目。いやちょっと,作戦があってさ・・・」
「作戦?」
「上で話す。・・・ってことで,行こう行こう!」
「ええ,そうですね。片付けもひと通り終わりましたし」

クリフトは調理場を見回した。俺もくるっと見てみた。


過去二回の船旅で,調理場はすっかりクリフト仕様になっていた。
大きい順に並んでぶら下がるフライパン。壁に吊られたニンニクや唐辛子。
火の回りに置かれたままの,いろんな調味料。
よく使う皿やコップは,食器棚の手の届きやすい高さのところに,8つずつ揃えて置いてある。
ミネアみたいにきっちり片付けすぎるんじゃなくて,何よりも使いやすさを優先した,適度に生活観のある調理場。

一番奥の食料棚には,今日手に入れたサントハイム産の野菜やハーブやスパイスがいっぱい。
クリフトの母さんが,屋敷の食料庫から好きなだけ持っていっていいと言ってくれた。
あんときのクリフト,うれしそうだったなぁ。しばらくは夕飯のメニューも,奴の得意な郷土料理が続くんだろう。


「・・・でもノイエ,その格好だと甲板は少し寒いのでは?」
「そうか?俺,平気だけど。上は長袖だし」

ハーフパンツ,楽だし。


そうそう。クリフトの姉さんが,全員に普段着をいっぱいプレゼントしてくれた。
長い船旅では普段着のほうが楽でしょうし,って。いい人だよなぁ。
小さな汚れや傷のせいで店に出せなくなった物の中から,サイズが合いそうなのを見繕ってくれた。
で,俺用の服の中に,これがあった。似合いすぎだとアリーナに大爆笑された。

クリフトも普段着姿だった。ブルーグレーのハイネックの上着に,生成りのズボン。
地味。だけど身長があるせいで,それでも格好がつく。くっそー・・・。
そういえばこいつ,寝るとき以外はいつもハイネックかタートルネックの服を着ている気がする。
苦しくないのかな。神官服がスタンドカラーなんだから,普段着くらい襟の開いたのにすればいいのに。


「では,行きましょうか」
「おうっ」







甲板は,思ったほど風はなかった。
それでも一応楽譜が飛ばされないようにと,クリフトはその辺の樽から非常食用のジャガイモを3つ取り出して,3枚の楽譜の上に置いた。
ジャガイモに抑えられる,スタンシアラの伝統音楽。

「な,なんかすっげー間抜けな楽譜になったな・・・」
「あはははは!」

大笑いするクリフトは結構貴重。

俺は楽譜の前に胡坐をかいた。クリフトも隣に座る。

「えっと,とりあえず出だし,吹いてみるから。ちょっと聞いてくれ」
「はい」


横笛を構えて,息を吸った。
澄んだ高い音が響く。
楽譜を目で追いながら,少し小さめの音で鳴らしていく。
一番の半分を演奏し終わったところで止めた。


「・・・どうだ?」
「すごい,ノイエ上手ですね!」
「へっへっへ〜!!」


俺自身も,久々に聞いた自分の笛の音に満足していた。
前はほんと,よく吹いたんだよな。
しばらく,触ってもいなかった。吹きたいと思わなかった。
この笛にはいろんな思い出が詰まり過ぎてるから。

でも,また吹きたいと思えた。
それは多分,昨日アリーナとクリフトの歌を聴いたおかげ。
だから,他のみんなにも聴いてほしい。



「でな,クリフト。歌ってくれ。笛にあわせて」
「えっ?」
「言ったじゃん?お前の歌には力があるって。船室に閉じこもってへこんでる奴らを,ここに誘い出してやろうぜ!」

マーニャ,ミネア。そしてブライ。もちろん他の皆も。
きっと甲板に来てくれる。絶対来てくれる。

「あと,アリーナをびっくりさせたいし」
「賭けの続きですか?」
「まあな!」

しょうがないですね,そう言ってクリフトはいつものように眉を下げて笑った。
でもなんか,ちょっと楽しそうだ。こいつもとことん歌が好きなんだろうな。


クリフトは立ち上がって,左手を自分の胸に当てた。

「よし,準備オッケー?」
「えぇ」



思いっきり息を吸う。クリフトも吸う。
同じタイミングで音を出す。
空に,海に,船の中に音が広がる。
俺自身も音の一部になった気がする。空気に溶ける。水に溶ける。やばい,すっげー気持ちいい。

みんな頼む。出てきてくれ。この感じを共有したい。




最初はアリーナだった。
甲板への扉が勢いよく開いて,跳ぶように走ってきた。大きな目をさらに大きくして,ついでに口まで大きく開けて。
どうだアリーナ?これでスタンシアラについたらお前のおごり決定な!


ライアンとトルネコがやってきた。よかった,後ろにブライもいた。
みんな驚いた顔で,俺たちを見ていた。
びっくりしただろ?俺の意外な特技と,クリフトの歌声。スタンシアラの歌,いい曲だろ?


・・・マーニャとミネア,遅いな。歌が終わっちまう。


でも,来てくれた。三番の残り半分まで差し掛かったとき,ようやく二人は甲板に姿を現した。
マーニャに引っ張られるようにしてやってきたミネア。俺たちをみて少しだけ表情を変えた。
うん,それだけでもうれしい。
マーニャは俺に向かって,ぴっと親指を立てた。へへへ!




最後の音の余韻が,完全に空に吸い込まれた。


頭に重みがかかる。見上げると,クリフトが笑っていた。
前を見た。みんなも笑っていた。
アリーナが飛びついてきた。
その横で,トルネコとライアンが頷きながら拍手をしていた。

「ノイエすごい!笛なんて吹けたのね!」
「おうよ!!」
「いやぁ,クリフト君の歌にもノイエ君の笛にも,両方驚かされましたよ」
「ああ,本当だ」


マーニャにおでこを弾かれた。

「やるじゃない」
「えっへん!・・・っ痛て〜」

ぐわ,またびしってやられた。マーニャ爪が長いからまじで痛いんだけど。

「ノイエ,ちょっとその笛を見せてくれんかの。・・・ほう,金属製か」

笛を手渡したら,ブライはいろんな角度からしげしげと見始めた。


「素晴らしかったわ」

ミネアが小さな声で,そう言ってくれた。




音楽って,すごい。あとやっぱりクリフトの歌,すげぇ。
俺の笛は,ちょっとでもそれを増幅できたのかな。
・・・うん,できたんだよな。だってみんな来てくれた。
あぁどうしよう,なんか今もう,どうしていいか分からないくらいうれしい!


最高の気分だった。今日の天気にも負けていないぞ。
あとは,みんなそろって美味しい夕飯を食べて,んで,談話室でちょっとおしゃべりして,寝る。
うん!完璧じゃん?船旅バンザイ!!





小さな後書き

小さな幸せは日常の中に潜んでいます。
それを見つけ出して引き出せるノイエはきっと,喜び上手。

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