船上のメリークリスマス

「うわ・・・」


甲板に上がった途端,飛び込んできた赤と緑,そして金色の輝きに目を奪われた。



「クリフト!」

舳先にいた姫様が,こちらに駆けてきた。白い息が冷たい夜の風に溶けていく。
赤いケープの縁に付いた白のファーが,ほわほわと揺れた。


「お疲れさま!もうそっちの準備はいいの?」
「はい,料理は全て作り終えました。今,ミネアさんとトルネコさんがお皿に盛ってくれてます」
「じゃあ後は運ぶだけね。あ,だからテーブル持って来てるのね」
「えぇ,そうなんです」

甲板の中央まで歩いていって,抱えていた折りたたみ式の簡易テーブルを広げた。もうじきこの上は,クリスマス用のご馳走で埋め尽くされる。
今日は朝から調理場に入り浸りだった。ひと品ずつ時間と手間をかけて料理を作っていくのは,本当に楽しい。
ちょうど船旅の最中でよかったなと思う。陸を移動中だと,こうはいかない。


「こっちの飾りつけももうすぐ終わりよ。どう,すごいでしょ?」
「はい,びっくりしました・・・」


白い帆の上に,無尽に走る赤と緑のリボン。いや,長い布,と言ったほうがいいかもしれない。
それに絡めるようにして張り巡らされているのは,エンドールのカジノの入り口に使われているような,光る球を連ねたロープ。
輝く金色の大きな飾り玉。赤いものもところどころに混ざっている。・・・よく見たら,それは本物のりんごだった。


「まさか,丸ごとツリーにしてしまうなんて」


三本あるマストのうち一番手前の,フォアマスト。それが見事に飾り付けられていた。

そのまま視線を上に辿っていくと,てっぺん近くで大きく手を振る人影に気が付いた。
ノイエだ。傍にライアンさんもいる。


「わたしもついさっきまで,あそこに登ってたのよ。少し離れて全体を確認するために降りてきたの」
「あんなに高いところに?」
「うん」
「・・・・・・」
「想像しちゃった?」
「・・・はい」


思わず笑ってしまったその時,視界の端に白いものがよぎった気がした。




「「あ」」




ひらり,ひらりと,まるで船の明かりに吸い寄せられるように舞い降りてきた,大粒の雪。


「すごい!ホワイトクリスマスね!!」

姫様は右の手を広げて,雪の花を受けとめた。それは手の中で瞬く間に融けていく。
また次の雪を捕まえようと,夢中で空を見上げて待ち構える,その姿。目が離せなくなる。


「ひゃっ!冷たい」
「手が冷えてしまいますよ?」
「大丈夫よ。でもまさか,本物の雪が降ってくるなんて」
「・・・そうだ,ブライ様とマーニャさんにお知らせしないと」

氷の魔法と炎の魔法を,バランスよく,かつタイミングよく使うと,まるで雪のような薄く軽い氷になるらしい。
人工の雪を降らせるために,お二人は先ほどから調理場の隅で相談をしていた。

「じゃあ,一緒に知らせにいこう!」
「そうですね・・・っ」
「冷たいでしょ〜?」


突然繋がれた手は,長い間外に出ていたせいもあって,随分冷えていた。
姫様はケープこそ羽織っているものの,両腕はむき出しのまま。


「一度,船内で暖まったほうがいいかもしれないですね」
「うん。クリフトもコート着てないし」
「テーブルを出したら,すぐに戻るつもりだったんです」
「そうなんだ」

手を繋いだまま,甲板を歩く。
マストの上からの視線が気になるけれども,気が付いていないことにしよう・・・。


「そういえば,お昼過ぎに倉庫に行ったら,仮装用の衣装が置いてあったの」
「仮装,ですか」
「うん。サンタクロースと,トナカイ」
「・・・トナカイ??」
「そう,トナカイ。つのと,赤い鼻のセット」
「だ,誰が着るんでしょうか・・・」

う〜ん,と,姫様は首をひねる。

「サンタクロースのほうは,サイズが随分大きそうだったから・・・トルネコかな?」
「あぁ,そうかも知れないですね」
「ブライが着ればいいのに。付け髭いらずよ」

噴き出してしまいそうになるのをなんとか堪えた。

「でも問題はトナカイのほうよね。そんなの着そうな人って・・・。
 あ,ノイエじゃないみたいよ。さっき上で,『俺,赤いマフラーかなんか巻くだけでクリスマスカラー!』ってはしゃいでたもん」
「あはは・・・確かに。じゃあ一体誰なんでしょうね?」
「もうすぐ分かるかな?楽しみね」



寒さも霞む,その笑顔。
背後の巨大ツリーからの光を受けて,亜麻色の髪が柔らかく輝く。

あぁ,きれいだな・・・。



「クリフト,後で賛美歌歌うのよね?」
「え?・・・えぇ。皆さんと一緒に歌いましょうね」
「うん!ねえ,あれも歌おう。えっと・・・,『聖なる夜に 天よりきたる』から始まるあれ」
「『聖夜の光輝』ですね。もちろんです」
「やった!あの曲大好きなの!」



体温を奪われて冷えていく手の代わりに,自分の顔がどんどん熱くなってくるのが分かる。
まるでそれを醒ましてくれるかのように,ひとひらの雪が右の頬にくっついてきて,すぐに融けた。



小さな後書き

クリスマスカードに付けたSSです。
イラストと共にフリーとなっています。お気に召しましたらどうぞ。
お話のほうは, ほのぼの,ラブラブ,ちょっとお笑いと,盛りだくさんにしてみました。

楽しいイベントは,ちゃんと目いっぱい楽しむ。そんな彼らです。
・・・ちなみにトナカイに仮装するのは,白くて力強くて美しい,あの彼女(笑)。

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