ノイエが教会に入っていった後,アリーナはそのままぺたりと花壇の前に座り込んだ。


――最近自分がおかしい理由が,さっきなんとなく分かったような気がしたけど。
ノイエがあまりにいいタイミングで相づちを打つから,やっぱり,また分からなくなってしまった。
でも,意地でも自分で解決する。そう決めた。

クリフトは神官だ。当たり前じゃない,分かってるよ,そんなの。
なのにどうして今更,あんなことを言ってしまったんだろう。
頭が柔らかければ,なんて。
クリフトの頭が固い,って,わたしそんな風に思っていたのかな。

とりあえずクリフトが来たら,いつも通り笑おう。
お疲れ様,お腹すいたね,早く帰ろう,って。
大丈夫。二人きりじゃない。ノイエもいる。
・・・大丈夫。




  ごーーーーん・・・

  ごーーーーん・・・




間近で聞いてしまった鐘の音の大きさに,びくりとして立ち上がった。


――鐘は,神様の意思を伝える道具。鐘の音は神様の声。

昔,神学の授業で,クリフトからそう習ったのを思い出した。
なにもこのタイミングで鳴らなくてもいいのに。
いろいろ必死に考えていた自分を,全て否定されてしまったように,思えた。
クリフトは神に仕える者。そう強調された気がした。




  ごーーーーん・・・

  ごーーーーん・・・




「渡さない・・・」

神様に渡すもんですか。
神官だって,人を愛していいんでしょ。神様は分け隔てなく祝福してくれるんでしょ。
あの人は,わたしのことを愛してくれている。わたしの傍にいるために必死に修行して,勉強してくれた。
離さない,って,言ってくれた。
だからわたしも,離してあげないの。わたしのものなの。

クリフトは,なんだかおかしなわたしに遠慮してるのかもしれないけど。
だったらわたしから,触れる。
ぎゅっと強く抱きしめて,あのときよりもっと熱いキスする。
わたしだって子供じゃないもの。それくらい,わたしからでもできるもん――




鐘の音が鳴り止んでも,アリーナはずっと教会の小塔を睨み続けていた。
しばらくして,扉が開いた。
最初に見えたのは青。暮れかかる空でもパステルでも夜空でもなく,本物のクリフトの青。
アリーナは走り出した。







「アリーナがすぐそこで待ってるぜ」
「姫様が?」
「おう」
「そうですか・・・。では,そろそろ帰りましょうか」
「・・・ん,そうだな。腹も減ったし」
「えぇ。ありがとうございます,迎えに来てくれて」

どうしてアリーナはこなかったのかって,聞かないんだな。ノイエは少し,もどかしかった。



教会から出ると,アリーナがこちらに走ってくるのが見えた。
そのままの勢いで,クリフトに飛びつく。

「うあっ」

なんとか倒れずに踏ん張ったクリフト。抱きつくアリーナは必死の形相だった。
ノイエはあせった。じゃれて抱きついたりしてるのは結構見たけど,これはたぶん違う。
見てはいけない気がする。うわぁどうしよう。
そんな葛藤などアリーナは知る由もなく,クリフトを見上げてなにか言おうとした。

「・・・・・・」
「姫様・・・?」

アリーナを見下ろすクリフトの表情。これ以上ないほど戸惑っている。
それに気が付いた瞬間,ノイエはとっさに大声を出していた。


「うぉい俺の目の前で堂々といちゃつくんじゃねぇ!!!」


ばっ,と。アリーナの手がクリフトから離れた。
憑き物が落ちたような顔でノイエのほうを見て,言った。

「・・・ごめん」
「まったく〜。本当に俺の存在忘れてただろ?」
「うん」
「素直に言うなー!とにかく続きは宿に戻ってから二人っきりでゆっくりしろ!!」
「どうしてそうなるんですか・・・」

困った笑顔の中にも,どこかほっとした様子をみせるクリフト。
アリーナはまだ少し,呆然としているようだった。


混ぜっ返すのに成功したノイエは,実はクリフト以上にほっとしていた。同時に少し,いらだっていた。

・・・どうして噛み合わないんだろう。お互い想いあってるのに,ちゃんとこないだ告白もしたはずなのに。
今日の二人の言葉,それぞれに聞かせてやりたいよ。なんで両方聞いたのが俺だけなんだよ。
上手くくっつけて,やりたいなぁ。でも俺がでしゃばっちゃ,まずいよなぁ。



「・・・とりあえず,帰ろうぜ」
「・・・そだね」
「ええ」
「晩飯,何かなあ。干し肉炙ったやつ,出るかなぁ」





川に架かる小さな橋を渡って,三人は宿へと向かう。それぞれいつもとちょっと違う,微妙な距離を空けたまま。
水面は夜空を映し,さらに三人の姿を映し,心までも映して青くゆらゆら揺れていた。



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小さな後書き

恋愛初期のもどかしさ。ノイエの微妙な焦り。
そしてアリーナが出会ったいろんな青が,読んでくださった皆さんの目の中に
に浮かんだならば,こんなにうれしいことはありません。

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