花束を君に

「・・・えっ? うわっ,ぅわあぁーーっ!!」



御者台で手綱を握っていたノイエが上げた歓声に,馬車の中にいた仲間達は一斉に幌から顔を覗かせた。


「どうしました?」
「何か珍しい動物でもいたわけ?」
「あそこ!見ろよほら!!」


ノイエが指で示したのは,今まで山陰になっていて見えなかった方向だった。
広大な平野,その一角に,まるで染料か何かで染め上げたかのように鮮やかな色彩が広がっている。
赤,白,桃,黄,紫。色とりどりのそれは,晩秋の枯れた大地には不釣合いなほど華やかだ。


「あっ,すごいねー!夏に見たひまわり畑みたい!」
「これはまた見事じゃのう」
「一体なんの花でしょうねぇ。この時期に咲く花といえば・・・クリフト君,何か知ってますか?」
「いえ・・・。でも,まさか・・・」


考え込んでしまったクリフトの代わりに,ノイエが口を開く。


「俺ですら知ってる有名な花にしか見えねぇんだけど」
「やっぱり。そう見えますよね」
「あんたたちこの距離で何の花か見えるわけ?まるで鳥ね」
「二人とも私や姉さんよりもずっと目がいいものね。アリーナは?」
「うぅーん残念だけど無理みたい」
「ライアン!ライアンも目がいいから分かるだろ?」
「あぁ。だが,あれは春の花だろう。この時期に咲く種類もあるのだろうか」


ライアンの問いに,クリフトは僅かに眉を寄せて「聞いたことがないです」と答える。


「・・・で,一体なんの花なのよ。もったいぶらずに教えなさいって」
「わたしも気になる!」

体重を感じさせない軽快な動きで,アリーナはひょいっと御者台に乗ってきた。
ノイエは左側に寄って一人分の席を空けると,手綱を操り,パトリシアの進む速さを少し上げた。
そして最も手前にある,赤色の花畑を指差す。


「・・・ほおら,見えてこないか?」
「なに?」
「あの,にょーんと真っ直ぐに伸びた緑の茎と,その上で揺れてるでっかいつぼみ」
「まだそこまで見えないよ」
「花を描け,って言われたら,真っ先にあれを描く人が多いと思うぞ」
「え?」
「んで多分,地面の下は球根だらけだろうなー」
「ええぇ?もしかして」


予想通りのアリーナの反応に,ノイエはにやっと笑う。
アリーナは振り返ると馬車の中のクリフトを見た。
小さく頷いたクリフトは,少し怪訝そうな表情のままこう告げた。



「・・・チューリップ,だと思います」









見間違いなどではなかった。
畑を突っ切るように伸びる街道,その両側に植えられていたのは紛れもなくチューリップだった。
幌から顔を出したクリフトが右側の花畑をじっと見る。

「んー・・・。やっぱりごく普通の,春に咲くチューリップですね」
「どうしてこんなにたくさん,秋に咲いてるんだろうね」
「お? ほらあそこ,人がいる。ちょっと聞いてみようぜ」

少し離れたところに,作業をする複数の人影がある。
ノイエは馬車を止めると御者台から飛び降りた。思いっきり息を吸い,両手を口の脇に当てる。


「こんにちわぁーーーっ!!」


さすがの大声は容易に届いたらしい。みな一斉に,作業の手を止めてこちらを見た。
一番若そうな男性が小走りでやってきた。ノイエやクリフトと同じくらいの歳だろう。


「こんにちは! 辻馬車じゃなくて自分達の馬車を持ってる旅人さんはめずらしいな」
「おぅ!たまたま通りかかったんだけど。手ぇ止めさせてごめんな」
「お仕事中にごめんね。ちょっと聞きたいことがあって」
「なんでこんな時期にチューリップが咲いてるか,だろ? 初めて見る人はそりゃ驚くだろうな」

若者は小脇に抱えていた赤いチューリップの束を胸の前で広げて見せた。

「これがうちの村の名産品,アイスチューリップ!」
「アイスチューリップ??」
「といっても,花自体は普通のチューリップと同じなんだけどな。違うのは咲く時期だけだ」



若者は丁寧に説明してくれた。
球根をしばらく冷気にあててから植えると,冬が終わって春が来たと勘違いして花を咲かせるのだという。


「昔は,氷の魔法が使える村人総出で冷やしてたらしいんだけどな。
 今ではこのとおりすごい量を作るようになったもんだから,魔法の使い手が全然足りなくて。
 球根を冷やす時期には,他所から大勢の魔法使いが応援に来るんだ」
「そうなんだ! ねぇブライー!来年はお手伝いに来てあげれば?」
「ほっほっほ,それもよろしいですな。うっかり氷漬けにせぬよう気をつけねばなりませんのぅ」


幌から顔を覗かせていたブライは,まんざらでもなさそうに髯に手をやった。


「ぜひ頼むよ!新米魔法使いだとすぐに魔法力なくなって使えないし,
 爺さんくらいのベテランが来てくれるとほんとに助かるよ。村で登録してもらえれば,時期になったら手紙が行くから」
「村は,この街道の先かのう?」
「ああ,半刻ほど進めば見えてくる」
「へぇ〜。畑と結構離れてるんだな」
「このあたりの地面が一番水捌けがいいんでね。栽培に向いてるのさ」


若者はチューリップの束を丸ごと,ノイエに差し出す。


「せっかくだ,持っていってくれ」
「えっ?いいのかこんなに!? 貴重なもんなんだろ?」
「いやいや,この量じゃ一人一本ほどしかないから,さらに村で買い足してもらえるとうれしい」
「うはははは!商売上手だな〜。ありがと!! おぉいみんな,花もらったぞー!」
「うわぁ!ありがとう!」
「ありがとうございます」
「いや,しかし綺麗ですね〜。村についたらちょっと取引の話を進めてみましょうかね」
「ほとんど今日明日のために作ってるようなもんだから,残った分は安く分けてくれると思うよ」
「へ? なんで今日明日?たった二日で枯れちまうってわけじゃないんだよな」


両手の土をはらい,被っていた麦藁帽子の角度を直すと,若者は得意げに笑った。


「百聞は一見にしかずだ。今晩はぜひうちの村に泊まっていってくれよ!そしたら理由が分かるから!」




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小さな後書き


チューリップ,実際の中世ヨーロッパではまだここまで広まっていないと思いますが,
そこはドラクエ世界ということでご愛嬌!

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