いつものうたを歌おう


「なんでこんなに街外れの宿に泊まるのよ!?」
「大通りに近いと,見つかる可能性が高いですし・・・」
「ええーっ。でもたかが宿でそんな」
「姫様。サランには姫様の顔をよく存じておるものが何人もいることをお忘れなきよう」
「うー」



ブライにとどめをさされ,ベッドに腰掛けていたアリーナは唇を尖らせて,傍にあった枕を抱え込んだ。

街と草原の境目にぽつんと立つ宿屋は,随分年季の入った建物だった。
廊下を歩くたびに板が鳴る。ドアの蝶番が軋む。
それでも,掃除だけは完璧に行き届いていて,清潔感は損なわれていなかった。



「・・・でも,クリフトが一緒の時点でもうかなり危険だと思うけど」
「すみません・・・」
「とりあえず,明日街を出るまでは,頭はそのままのほうがよいじゃろうな」


いつもの神官帽ではなく,大きめのフードを目深にかぶったクリフトは大きく頷いた。
サランの領主,ルラーフ家の人々と同じ,めずらしい淡い青の髪。
この街でそれを見せることは,クリフト自身の血統を晒すに等しかった。
普段は隠さないが,さすがに今はまずい。なんといっても内密の旅なのだから。




アリーナが城を抜け出したという知らせは,すぐにでもこの街に伝わるだろう。
お姫様とそのご一行は,2部屋取ったうちの片方に集まって,今後の相談をしていた。


今から城に戻られるつもりはないのか。
そうだとしたら,これから一体どこへ向かうか。
旅に必要な物はそろっているか。足りないものはなにか。


どうしても入用な物だけを明日の朝購入し,すぐに北のテンペの村を目指す。
そう決まったときには,夜も随分更けていた。



「年寄りに夜更かしは応えますな,わしはこの辺で失礼しますわい。・・・クリフト」
「はい」
「おぬしも早めに寝ることじゃ。鍵は開けておくからの。それではおやすみなさいませ,姫様」
「うん,おやすみブライ!」





ブライが扉を完全に閉めて出ていったことに,クリフトは驚いた。
城にいたときからそうだったが,外でも同じ扱いをされるとは思わなかったのだ。
それだけ信頼されている・・・あるいは,もともとなんの心配もされていない証拠か。


「ねぇ・・・クリフトってば」

何もしゃべらないクリフトに苛立ちを覚え,アリーナは使い込まれた椅子から立ち上がり,彼の腕をぐいぐい引っ張った。


「は,はい?すみません,なんでしょう」
「外,行こ!」
「えっ?」
「せっかく久しぶりにサランに来たんだから,お散歩したいの」
「しかし,もう夜も遅いですし,なにより誰かに見つかったら・・・」
「夜遅いからこそ,見つからないんじゃない。
 ・・・いいでしょ?クリフト」



見上げてくる少し我侭なこの瞳に,クリフトは勝てない。







外は,真っ暗だった。
家々の灯りはもう,ほぼすべて消えていた。街灯は大通りにしかない。
恐怖さえ感じる暗さに,カンテラくらい用意してくればよかったと二人は後悔した。


「買い物リストに,カンテラを追加しないといけませんね」
「そうね。でも,とりあえず歩けるよ,月も出てるし。・・・こうすれば」
「っわ」
「ね!大丈夫」


クリフトの手をしっかり握り,アリーナはスキップでもしそうな足取りで歩き出した。




第2話へ

小さな後書き

初めての冒険に,姫様,もう楽しくてしょうがありません。

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