結局,二人は手をつないだまま歩いた。先を行くアリーナがクリフトを引っ張る形になる。


「これだけ暗かったら,どうせ髪の色もなにも分からなかったわね。フード取っちゃえば?」
「でも,念のため・・・」

自分の赤くなっている顔も気付かれないために。口には出さずにクリフトは思う。



「子供のころ,思い出すねー」
「ええ。こうしてよく,歩きました」
「あなたのお父様もいつも一緒だったね。・・・昨日,ウェイマーに会った?」
「はい,神学の授業の少し前に」
「じゃあ,クリフトが会ったちょっと後くらいかな。わたしも会ったの,階段のところで。
 『よろしければまた近いうちに,息子とともにサランに遊びにいらしてください』って言ってくれたの」


でもこんな形で来ちゃった。小さな声でアリーナはそう言った。
暗くて見えなくても,今どんな表情を浮かべたのか,クリフトには手に取るようにわかった。




道が開けた。井戸があるだけの狭い広場だった。
それでも路地に比べれば月明かりが入って明るい。お互いの顔がようやく見えた。
クリフトが急に手を離す。
アリーナはそれに気にする様子もなく,井戸の傍の小さなベンチに座った。
井戸の順番を待つために・・・というよりは,井戸端会議に花を咲かせるために置いてあるのだろう。
雨に晒されてかなり痛んでいるが,丁寧に補修を繰り返した跡があった。


立ったままのクリフトにちょこちょこと手招きして,自分の隣を指した。
クリフトは笑ったが,それでも大人しくアリーナの横に座った。



アリーナは井戸の滑車の辺りを見上げたまま,呟いた。

「自分の力で,来てみたかったの」
「サランに,ですか?」
「うん,とりあえずは。でも,もっといろいろ見たい。いろんな経験したい」
「ですが,やはり城を抜け出すというのは・・・」
「クリフトも共犯よ」
「は??」


意外な単語にクリフトは腰を浮かせた。


「きょ,共犯?」
「昨日,クリフトと話をして,決めたの。もう自分を押さえ込まないって」
「ええ,確かにそうおっしゃっていましたが・・・」
「だから今は,やりたいことをやることにしたわ。16歳になってしまったらもう絶対無理だもん。
 お忍びの旅なんて,今しかできない。いろいろ知りたい」
「姫様が,姫様自身で大人になるために,ですか・・・」


昨日自分が言った台詞を再度唇に乗せて,クリフトはまたベンチに腰を下ろす。


「うん!それがすごく気に入ったのよ。
 だから,そんな素敵な言葉でわたしをそそのかしたクリフトは共犯!」
「・・・はい」
「しかも,こうしてわたしについてきちゃったんだから,もう言い逃れは無理ね」
「分かりました。あなたと共犯にさせてください」



どちらからともなく二人は笑い出した。
月の明るさが増した気がした。



「・・・でもそしたら,ブライも共犯ね。あぁ,またお小言を聞く毎日なのね〜」
「姫様のことを心配していらっしゃるのですよ」
「うん。でもやっぱり小言きらい」


アリーナはふざけて,小さく舌を出した。


「夜中に舌を出すと,吸血鬼がさらいにきますよ?」
「あったわね,そんな歌。
 ほら〜 その窓から〜 ・・・ってやつでしょ」

言うことを聞かない子供を寝かしつけるための歌。

「もう,子供じゃないんだから。・・・歌といえば,街にきたときに誰か歌ってたわね。あそこで」


アリーナは教会のバルコニーを指差した。


「最近サランにやってきた吟遊詩人で,マローニさんとおっしゃるそうです」
「そうなんだ。ウェイマーに聞いたの?」
「はい。美しい歌声が,街の人たちの間で評判になっているそうで」
「ふーん,でもわたしは,クリフトのほうが上手だと思ったけど」
「え,いや・・・。ありがとうございます」
「んー。なんだかクリフトの歌,聴きたくなっちゃった」



毎日のように,寝る前に話をして,本を読ませ,子守唄を歌わせ。
幼馴染の少年の声は,昔からアリーナのお気に入りだった。



「何か歌ってほしいな・・・だめ?」

断る理由もない。クリフト自身も歌うのは好きだった。
歌ってと望まれ,聴いてもらえることが,なによりうれしい。


「では,宿の辺りまで戻ってから。ここでは,街のかたの眠りの妨げになるので」
「わぁい!」



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小さな後書き

共犯って響き,少しどきどきしませんか?え,わたしだけ?

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