宿の少し先。民家が完全に途絶え,草原に片足を突っ込んだような辺りで,二人は立ち止まった。
アリーナはその場にすとんと腰を下ろすと,クリフトを見上げて小さく拍手した。
めずらしく大げさな仕草でお辞儀をしてそれに応えたクリフトは,そのあと照れて人差し指で頬をかいた。


「なにに,しましょうか」
「んーっと・・・ねぇ・・・。やっぱりあれがいいな,いつもの」
「『四季の宝物』?」
「うん!」

有名な童謡だ。アリーナは幼い頃からこの曲が好きで,子守唄の次くらいによくせがまれた。

「分かりました。この場所だと大丈夫だとは思うのですが,念のため少し小さめの声で歌いますね」
「はーい」



小声でも通りやすいようにフードを取ってから,クリフトは左手をそっと胸にあてた。本気で歌うときの癖。
やがて,するりと,普通に呼吸をするかのように自然に歌い始めた。




    春の草原
    とてもすてき
    花の絨毯 香る若草
    一緒に行こう 春の草原
    宝物 探しに


    夏の海
    とてもすてき
    輝く波 優しい潮風
    一緒に行こう 夏の海
    宝物 探しに



アリーナは膝を抱えてクリフトの歌を聴いていた。
大好きな曲と,大好きな歌声。心地よさに包まれてうっとりする。



    秋の渓谷
    とてもすてき
    色づく木々 熟れた果実
    一緒に行こう 秋の渓谷
    宝物 探しに


    冬の街
    とてもすてき
    淡い雪化粧 できたてシチュー
    一緒に行こう 冬の街
    宝物 探しに



歌は最後のくだりを迎える。
クリフトは声を落とした。囁くようなかすかな歌声。アリーナの耳に少しでも残るように。



    そして気がつく 一番の宝物
    一緒に行こう 次の季節も





歌い終わり,ふっと一息つくと,クリフトはぺこりと頭を下げた。
アリーナが飛びついてくる。よくあることだが,それでもクリフトは動揺してしまう。


「クリフトの歌やっぱり最高よ!」
「あ・・・ありがとうございます」
「大好き!!」


アリーナはよく,クリフトに大好きと言う。
歌が好き,声が好き。幼馴染として好き。
素直にうれしいが,やはり最後にはいつも切なさが残る。

アリーナはぎゅうぎゅうとクリフトを抱きしめ,無邪気な笑顔を向けた。
瞳に生気が溢れていた。手に入れた仮初の自由に興奮しているのだろう。
クリフトは胸を詰まらせ,少しだけアリーナを抱きしめ返してみた。でもすぐに腕を緩める。



「また聞かせてね」
「・・・はい。お望みでしたら,いつでも」
「明日からの旅が楽しみ!すごくわくわくするの。今日,ちゃんと寝られるかなぁ」
「私もです。いつもと違う環境に,少し興奮しているようで」
「そうよね。クリフトだってまともな旅は初めてよね。やっぱりわくわくするよね!」
「えぇ」
「今の歌に出てくるような場所全部に,行ってみたいの!!」



一刻も早く城に戻っていただかねば。
・・・と,今はそんな考えが欠片も浮かんでこない自分は,やはり共犯に違いないと,クリフトは思った。



――きっと旅の空でこの歌をせがまれるたびに,最後のフレーズに想いをこめてしまうのだろう。
そんなことには気がつかれず,姫様は毎回抱きついてくるのだろう。こんな風に。
とりあえずはそれでいい。傍にいられるのなら。





夜更けの草原に広がるはしゃいだ声は,いつまでも止みそうになかった。




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小さな後書き

16000ヒットを踏んでいただいたろーれるさんのキリリク,
「ほのぼのクリアリ話」でした。ご希望のありましたクリフトの歌う場面を織り交ぜつつ,
旅立ったばかりのアリーナの元気さ,可愛さ,無邪気さ,それゆえの残酷さを。
がんばれクリフト,旅はまだまだ長いぞw
ろーれるさん,リクエストありがとうございました!

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