観察日記

この宿の飯はうまい!
なんていうか,あっさり。でも飽きないし。
んで,野菜がうまい。めっちゃめちゃうまい。南のソレッタから採れ立てのを運んできてるらしい。
ニンジンなんか,塩つけて丸かじりでもよさそうだ。
部屋も広くてきれいだし。病人が長期滞在するには,運良くというか・・・いや病気になった時点で運が悪いけどさ,まぁ,ちょうどよかったのかもしれない。倒れたのがこのミントスで。




昨日,パデキアのおかげでようやく死の淵からよみがえった,あの神官の兄ちゃん。
ソレッタから駆けつけたときはもう,まじでやばかった。正直もうどんな薬も効かないんじゃないかと思った。
人間てここまで色が白くなれるものなのか,ってくらいに血の気がなかった。呼吸もかなり浅くて。
それでもあの,見た目ができそこないの山芋のように不恰好な根っこは,ちゃんと立派に,万能薬の役割を果たしてくれた。

ゆっくりと眼を開けた兄ちゃんにすがりつく姫さん。兄ちゃんはほんの少しだけ手を動かして,姫さんの髪に触れた。
なんでだろうなんか不思議と,絵になる光景だった。
どっちも限界まで弱ってたのに。



なんとか回復はしたものの,どうもまだ心配だ。昨日だってあの後,またすぐに眠ってしまった。
せめて今日・・・あと一日だけでも,ここで休ませてやらないといけないだろう。次はちょっと長い船旅になりそうだし。
――今晩も,この宿に泊まろうと思う。
朝飯を食べながらその旨をみんなに伝えた。次々返ってくる了解の返事。
・・・悪りぃな。マーニャ。ミネア。ほんとは一刻も早く,キングレオ城に向かいたいよなきっと。






飯を食べ終わった後,テーブルの上に海図を広げて,トルネコとキングレオへの海路について打ち合わせをした。
と言っても,俺には航海の知識なんてないから,ほとんどトルネコ任せになってしまうんだけれど。
とりあえず俺は最終的に,今回は特に波の穏やかなルートを選択してくれ,と言うだけ。



ちょっと様子を見てくるかな。
打ち合わせが終わった後,そう思って椅子から腰を上げた。姫さん・・・,そうアリーナが随分前に食事を持っていったから,もう今頃は食べ終わって一人になってるだろう。
昨日はしゃべることもできなかったし。よし,体調の確認も兼ねて,軽く話してこよう!
・・・っていうか,どんな奴なんだろう。きっと俺よりは年上だよなー。神官だし。
話しやすい奴だと,いいな。






立派な手すりの付いた,踏み代のずいぶん広い階段をとんとんとかけ上がった。
廊下に等間隔に活けられた花の数をなんとなく数えながら進んだ。3つ目を過ぎたところで止まって,扉を叩こうと手を上げたら扉のほうが自ら向かってきやがった!

「うわっっぁでっ」
「あっごめん!」

アリーナがちょうど部屋の中から扉を開けたせいで,俺の手の甲はきれいに赤くなった。
まあ痛くはないけど。とりあえずひらひら振ってみたが平気。

「びっくりした〜!・・・あぁ,大丈夫,大丈夫だから」
「ほんとごめんなさい」
「気にすんな。・・・・・・起きてる?」
「うん。どうぞ。わたしこれ片付けに行くところだし」
「そっか,じゃあ・・・」

運ばれていくお盆に乗せられた皿の中身がほぼ空になっているのを見て,少し安心した。
でも,もうだいぶたつのに,今頃片付けか?えらい時間をかけて食ったのかな。
それとも食べ終わった後話でもしてたのか。
なんだ?おい。いずれにせよ随分長い時間二人っきりだったんだな。
・・・ひひ。後で両方,からかってやろ。



ゴンゴン,と。すでに開いている扉を叩いてみたりした。

「はい,どうぞ」
おわぁすごい声!


中に踏み込むと,朝の光が部屋の中に充満していた。開け放たれた窓から入ってくる,なんだかきらきらした風。
ベッドのほうに目をやると,神官の兄ちゃんは身体を起こしてこっちを向いていた。
精気が戻ったその顔を改めて見て,驚いた。相当若い。もしかして俺と一つ二つしか,違わないのかもしれない。
目が合って,ちょっと動揺した。昨日は気が付かなかったけど瞳がすげえ青い。

そ,そうだ挨拶,挨拶。


「おはよ!ええと・・・クリフト,だったよな?」
「ええ。おはようございます。すみません,いろいろとご迷惑をおかけしました」

男声から嫌味のない高音域だけを撚り集めたようなその声は,妙に神官っぽかった。
正しい発音の見本みたいな,滑舌のいい,でもさらさらと流れる丁寧語がこそばゆい。
・・・よぉし,とりあえず。
からかってしまえ。


「飯,食った?今アリーナが片付けに行ったみたいだけど」
「はい,しっかり食べました」
「時間かかったか」
「いえ?普通に・・・」
「ふ〜んそれにしては随分片付るの遅かったよなあ」
「えっ・・・」
「あぁ冗談冗談!」
「あ,はい」

うろたえてやんの。おもしれー。まじでデキてんじゃねえの?
一国の姫さんと部下の神官,禁断の恋,ってか!?へっへっへ。


「もうアリーナからいろいろ聞いたと思うけど,出発,明日にしたから。もう一日休んで体調整えてくれ」
「申し訳ありません,私などのためにお気遣いくださって」
「いいっていいって!気にすんな。そんかわり元気になったらばりばり働いてもらうから!」
「ありがとうございます,ノイエさん」
「うわぁ頼むその『さん』付けやめてくれないか」
「?どうして」
「すんげぇくすぐったい。俺ずっと呼び捨てでしか呼ばれたことないし。あと多分そっちのほうが年上だし」
「でも・・・」
「んーと,まぁ・・・すぐにとは言わないけど。じゃあ追々な!」
「わかりました」

ものすごく困った顔するから,とりあえず今は勘弁してやることにした。
・・・あ,そうだ大事なこと忘れてた。

「一応自己紹介しとく。昨日会ってだけはいるけど」
「すみません,あのときはまだ,意識がぼんやりしていて」
「でもよく一晩でここまで元気になったよなぁ。やーほんと,よかった。
・・・今更だけど,俺,ノイエっていう。ノイエ・ニーベルリート。ブランカのずっと北のほうにある,小さな村の生まれだ。今,18歳」
「サントハイム王国の司祭長補佐,神官のクリフト・ルラーフです。私も18ですよ?」
「えっまじ!?」
「ええ」
「信じらんねえ!俺とタメかよ〜」

神官になるためには結構な時間がかかるって,前にどっかで聞いたから,絶対上だと思ったのに。
こうして話してても,落ち着いてる。顔立ちだって俺より大人に見える。
これで,同い年なのかよ・・・・・・。

へこんだ。


「一応聞いてみるけど,誕生日は?」
「年末です。本当に年が明けるぎりぎり前」
「げっ。俺,明けて3日目」
「ああでは,3日違いになるんですね」

たった3日か。うえぇ。
いっそのこと丸1年くらいあいてたら,まだ納得できたのに。
3日は,悔しい。3日違いでこれなのが,かなり悔しい。

そうやって心の中でひたすら悔しがってたら,クリフトはベッドから身を起こして立ち上がって,俺の正面で,「よろしくお願いします」と,笑顔で右手を差し出してきた。
笑うとちょっと幼くなるんだな。まあ,これならタメに見えるかな。
そう思ってちょっと強気になれたのは,ほんの一瞬だけだった。

あれっ・・・。


「・・・・・・,よろしくっっ」

俺は必要以上の力でその手を握り返した。

だって身長まで俺より高いじゃん!あーくそ!!
窓の外から聞こえる鳥のさえずりが,妙に耳にさわった。



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小さな後書き

ノイエ,まだまだ二人に対する距離感がつかめてません。
押しすぎて慌てて引いたり,からかうポイントを間違えてすべったり。
ファイトだ,ノイエ。

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