周囲の気配が消えた。
みんなの声も,風の音も,魔法力の高まりも。ただ,俺と敵だけ別の空間に飛ばされてしまったような。

「だあぁっ!」

走り寄ったその勢いを殺さずにそのまま,じごくのよろいに剣を叩き込む。
嫌な衝撃。剣から腕に伝わる痺れ。少しだけ欠けた鎧の肩当て。
そうこいつは硬い。ひたすら硬い。でも壊していくしかない。力技で。俺にはそれしか出来ない。

奴も反撃に出る。長剣をものすごいスピードで繰り出してくる。
無機質で感情のかけらもないその動き。でもクリフトより数倍マシ。まだ読める。

横に薙いだ剣を剣で止めて,弾き返して仰け反らせて。
またこっちから正面に叩き込む。昨日の稽古を思い出しながら,俺は少しずつ,よろいの形を崩していく。
左手首が落ちる。胴鎧がへこむ。もう少しで完全崩壊!

「・・・てっ!」

予想していたより早かった剣の動き。左の二の腕にかすって服が切り裂かれ,わずかに遅れて赤い筋が走る。
ちょっと切られた!くそっ。負けるかよ!!
でも興奮するとろくなことがないらしいから,ここであえて間合いをとった。
敵のほうはもうぼろぼろ。ここまでくれば余裕。あと一撃で終了だ。


急に戻ってきた周りの音。
草原を渡る風が間を流れて,汚い空気をかっさらって行く。

「クリフト退きなさい!」

背中越しに熱を感じた。マーニャの火炎か。あれを食らえばよろいもひとたまりもない。
キィンと澄んだ剣戟の音はクリフトだろうたぶん。力はなくてもあの技術を持ってすれば,効率よく破壊できそうだ。

「ぅガぁアアァあアぁぁ・・・・!」

断末魔の叫び。コンジャラーにとどめを刺したアリーナが,鉄の爪を一振りして血を払ってからこちらに向かって走ってくる。
俺達はもう加勢は要らない。俺は叫んだ。

「こっちは大丈夫っ馬車を・・・」

・・・と,アリーナの表情が凍りついた。


えっ・・・と思う間も,なかった。
視界の端に,青くてふよふよした奴が映っている。目の前で積み木かなにかのように,でも一瞬で組み立て直されるよろい。
「いやぁあああ!!!」アリーナの悲鳴。よろいが手にした剣が俺の首めがけて振り下ろされる,駄目だ間に合わねぇ防御!
かろうじて身体を捻って肩に当たるようにすることしか!!


ギっっ!!


凶刃が肌を滑った。

「ノイエ!!!」
全身を包む暖かい光と空気の層に気が付くと同時に聞こえてきた,ずいぶん甲高い声。
まるでそれに勢い付けられるかのように,俺は眼前の敵をなぎ払った。ひるんだ敵が数歩後退する。
どこも痛くない。怪我・・・してない,なんで???



「大丈夫ですか!?」
一番近くにいたクリフトが加勢にきた。その手にまだかすかに残る光。ようやく納得した。
スカラ,か!なんてタイミングでかけやがる!!すげぇ!

「おぅ大丈夫っさんきゅークリフト!」
「いいえ,さぁあと少し!」
「ぃよっしゃ!」

先に飛び出したクリフトがかける鮮やかなフェイント。そのまま敵の後ろに回る。
直後に正面から,力を乗せた俺の一撃。2人で挟むようにして,目で合図しながらがんがん攻める。

パンっ
肩当ての金具が吹っ飛んで外れた。

ドガッ!!!
手甲がばらばらに砕けて地面に散らばる。

兜の隙間やよろいのパーツのつなぎ目をピンポイントで狙うあいつの正確な攻撃と,問答無用でよろいを破壊する俺の攻撃が両方, 面白いように決まる。タイミングがずれない。息が合いすぎて怖い。でもなんだこれすっげぇ気持ちいいっ!

「とどめっっ!」

全身の筋肉をめいっぱい使って真正面に食らわせた俺の剣が,兜を真っ二つに割った。
その後はもう二度と,奴は動くことはなかった。







「馬車は無事か?」
「ええ大丈夫。一応今チェックしてます。パトリシアもびくともしませんでしたよ。ほんといい子だなぁ」
「でもまさかあそこでホイミスライムが現れるとはねぇ・・・。あたしの炎の魔法が完成する前に逃げちゃったけど」
「ごめんね,きっとわたしがコンジャラー倒す前に呼んでたのね」
「あらアリーナのせいじゃないわよう。真っ先に倒してくれたのはあんたなんだし」

戦いの直後は,なんだか慌しい。それぞれに,武器についた血を拭いたり,馬車に破損がないか調べたり,

「皆さんお怪我は,ありませんかー?」
・・・そして怪我人がいないか確認したり。

「うん,平気!」
「こっちも怪我人はいません」
「あたしもかすり傷ひとつ負ってないわよ〜」


俺はみんなに背を向けて草むらにどかりと座り込んだまま,クリフトのよく通る声と,それに対して返ってくる返事をさらっと聞き流しながらこっそり右の手のひらに力を集めていると,ぽんぽんと後ろから肩を叩かれた。
振り向くと青い目。剣を持ってないときの目。

「遠慮はいけませんよ」
「・・・なんでばれるかなぁ」
「あなたの魔法の気配,しましたから」
「くそぅ」

にこにこ,にこにこと笑ったまま,クリフトは俺の二の腕に手をかざす。

「ぅあ・・・」

流れ込んでくる癒しの力。その気配に,呆然とした。
気持ちいい。ほわほわする,こいつの魔法。
癒したいって気持ちがないと癒せない,か。なんかこいつ,きっとそういうのの塊なんだろうなぁ。うまく言えないけど。
戦ってるときは別人みたいだと,最初は思ったけど。守りたいと思うから,ああなるんだ,きっと。
どっちも,クリフトなんだ。

「よく避けましたね」
「ふぇ?」

おわ。ぼけっとしてたからすんごい間抜けな声出しちまった。

「あの体勢から。致命傷にならないようにちゃんと身体を捻ったでしょう」
「ああ・・・まあ,咄嗟に」
「さすがですね,ノイエ」
「そ,そうか?うん,まぁなー!」

・・・うれしい。
なんかうれしい。褒められてうれしい。へへ。
あと,呼び捨て。そうださっきスカラかけてくれた時も『さん』は付いてなかったよな。うん。へへっ!

「今度は戦いの初めにスカラかけてくれよなー」
「ええ,わかりました」
「スクルトじゃなくてスカラだからな!俺最優先!!」
「はいはい」
「あっノイエずるいよ!」
「アリーナは怪我しないからいいじゃん!」
「わたしのほうが軽装なのよ!?」
「でもすばしっこいし敵の攻撃上手くよけるし!!」
「ああ二人とも喧嘩しないで」
「戦いが終わってもおこちゃま3人は元気ねぇ」
「なにもそんなにむきにならんでもよいものをのぅ」



甘えたり甘えられたり。頼りにしたり頼りにされたり。競い合って勝ったり負けたり。お互い妬きもちを妬いたり。
3人ともほとんど同い年だからこそ作れる,そんな関係が,たぶん,きっと,あるんだ。


ぶあぁぁっと。草をゆらして駆け抜けていく風は,戦いの最中は気がつかなかったけど,かすかに潮のにおいがした。



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小さな後書き

クリフトとアリーナ,アリーナとノイエ,ノイエとクリフト。
それぞれのバランス,距離感。
ノイエはこの日の時点でもう,大枠をつかんでしまったのかもしれません。
同い年トリオの関係の原点となるお話でした。

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