剣の意味


ライアンは舵を握る手を緩め,目を細めて唇の端をわずかに上げた。

そろそろ皆が眠りにつく頃。
この時間になってようやく,船上からイムルの村の灯りがかすかに確認できた。
スタンシアラからモンバーバラ,さらにレイクナバを経てバトランドへ向かう長い船旅も,これでようやく一段落だった。


数年ぶりの故郷の地は,かわりないだろうか。
イムルの村は,今,どうなっているのか。
あの井戸は,あのときのままなのだろうか。

さまざまな思いが頭を巡り,彼はしばし目を閉じた。




「舵当番お疲れ!」
「・・・ああ」

船内から甲板に上がってきたノイエの声で我に返った。湯気の立つカップを持っている。

「はいお茶。すっきりするやつー」
「ありがとう。助かるよ」

受け取って口に含むと,鼻の奥に強い刺激を感じた。何かの香草らしい。
確かにすっきりはするのだが,少しきつすぎる気がした。
何とか飲みんだ後,一度大きく息を吸って吐いてから言った。



「陸が,見えたぞ」
「まじ!バトランド!?行こうぜ,行こう早く!!みんな呼んでく・・・」
「いや,このまま朝を待ったほうがいいだろう。夜の係留作業は危険すぎる」
「・・・ちぇ。ようやく地面の上に立てると思ったのに」
「明日には陸の人になれる。あせりは禁物だ」
「んー・・・,わかった。
 ああぁでもなんか聞いたら興奮して眠気ふっとんじまったよぅ〜」

ぐうっ。と頭を抱えてしまったノイエの若さが,ライアンを保護者の気分にさせる。



「ならば,少し身体を動かすか」
「えっ稽古つけてくれるのか!?」
「しかし,そのためには船を・・・」
「お疲れ様です」


またいいタイミングで,少しだけ慌てた様子でやってきたクリフト。
ライアンのカップの中を覗きこんだ後,苦笑いした。


「やっぱり。蜂蜜垂らすの,忘れたでしょう?ノイエ」
「あーっしまったぁ!」

お茶が強かったのはそのせいか。ライアンは納得した。

「そのままでも飲めた。大丈夫だ」
「わりぃライアン・・・」
「すみません,私も気が付くのが遅くて」
「本当に構わないのだが・・・では,」

残りのお茶を一気に飲んだ後,空になったカップをクリフトに手渡した。



「少しだけ,舵をみていてくれるか?クリフト殿。後で碇を下ろそう」









夜の海原に,威勢のいい掛け声が響く。


「たあっ!!」

ガン!

「返しが甘い!」
「っくっそぉー,まだだ!」


ごっ。



「いっ・・・たあぁ・・・」

木刀で肘を打たれ手に痺れが走った。思わず涙目になるノイエ。


「ノイエ殿。落ち着いて,相手の動きをよく見たほうがいい」
「くぅ〜。・・・えっと,もしこっちに逃げられたら」
「左からこう突き上げる」
「じゃあ俺はそれをよけてこうガツンと」
「力任せではいけない」



激しく木刀で打ち合って,そのあとおさらいをする。
すぐ傍で動き続ける二人の様子を,クリフトは舵を握ったまま見ていた。



そのうちにノイエは,甲板に座り込むと「ふえ〜」とめずらしく気の抜けた声を出して,仰向けに倒れた。

「ライアン,やっぱ強ぇ〜・・・」
「そんなことはない」
「そうかなあ。でも俺,勝てないんだよなぁ。・・・なんでだろクリフト」
「えっ」


突然話を振られクリフトは驚いた。
どうやらノイエは少ししょげているらしい。


「でも,ノイエ強いですよ?力も体力もあるし」
「うーんその二つはなぁ・・・あるつもりなんだけど」
「はい。私ではとても敵わないです」
「でもクリフト剣持つとちゃんと強いじゃんよう」
「経験の差だろう」


ライアンもノイエの横に腰を下ろす。


「クリフト殿。そなたは旅に出てから何年経つ?」
「2年になります」
「そっか。俺はまだ半年も経っちゃ,いないんだよな・・・」
「しかしノイエ殿は日に日に強くなっている。私もうかうかしてはいられないな」
「へへへ」


ノイエはようやく,人懐っこい笑みを浮かべた。



「ライアンってさ」
「ん?」
「子供の時から剣の修行してたのか」
「ああ,物心付いたころから見習い兵士として毎日鍛錬に励んでいたよ」
「すっげー!!それってバトランドの戦士になるために?」
「そうだな。・・・でも,幼い頃はただ漠然と剣を手にしていただけだった。
 戦士になりたいと強く思う,きっかけがあったのだ」
「きっかけ?」
「そう,きっかけだ」

ノイエは身を乗り出した。


「聞かせて?」


目が輝いている。さっきまでしょげていたのにもうこれだ。甘え上手,聞き上手の本領発揮だった。
ライアンは表情を崩すと身体を起こして立ち上がった。


「私は長い話をするのがあまり得意ではないが,それでもよいかな?」
「おぅ!」
「では先に碇を下ろしてしまおう。クリフト殿に舵の番を任せっぱなしだ」
「私も一緒に聞いてもよろしいですか?」
「もちろん構わない」
「クリフトー!さっきのお茶3人前,蜂蜜入りで!!」


巻き上げてあった碇を,大きなハンドルを全身で回して海に下ろしながらノイエは叫んだ。
その声が先ほどまでと違ってあまりにご機嫌だったので,クリフトは思わず笑ってしまった。




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小さな後書き

さあ,ライアンのお話の始まりです。

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