炎のすぐ傍に行くために,走った。
くるくる踊っていたみんなが,俺が持つ花束に気がついたのか,踊りを止めて場所を空ける。いや別にそんな,空けなくていいって!


炎の前で,一度花束を握り締めた。
そして大声で,名前を呼ぶ。



「シンシアーー!!」



サラダを取り分けていたシンシアが,はっと顔を上げた。
村のみんなの視線が,俺とシンシアに集まる。だからなんでみんな,そんな目で見るんだよぅ。そしてなんで音楽まで止むんだ。
・・・ああぁ,やっぱやめときゃよかった。すっげぇ照れくさい・・・・・・。

珍しく小走りでこっちにやってくるシンシア。
近づいてくるにつれ,顔が,髪が,服がだんだんと炎の色に染まっていく。
俺のすぐ前で立ち止まる。俺が今からなにをするのか,もう気がついてるんだろう。
きっと小さな頃を思い出して,懐かしい気持ちになっているに違いない。
うわ,頼むからそんな顔で笑うな・・・。



覚悟を決めて,俺は花束を彼女の前に突き出した。

シンシアはそれを受け取って,茎が短めの花を一輪,束から抜く。
それを,俺のベストの胸ポケットに挿した。


村に伝わる儀式だなんて,多分,いや絶対嘘。
これは・・・男からの結婚の申し込み。そして花を一輪返すことが,承諾の返事。

シンシアは,そのことを知らない。いつの間にか行わなくなった儀式を復活させただけだと思っている。
でも,あんまり幸せそうに笑うから,俺は動けなくなってしまった。
この後,額にキスしないといけないのに。それも”村の伝統儀式”なのに。
なんだか,騙しているみたいで。



シンシアが,口を開いた。



「ありがとう,ノイエ」




・・・どういう意味で言ったのかは,よく分からないけど。
俺はなぜか,その一言のおかげで,自然に動けるようになった。
少し背伸びをして,シンシアの額に十年ぶりのキスを贈った。


村のみんなの歓声が,実際よりも少し遠くに感じる。
ワインのせいかな。ぼんやりと考えながら顔を離したら,すぐに頬に軽く返されて,俺は動揺のあまりバランスを崩して後ろに倒れた。



「あ,ごめんなさい。そんなに驚くとは思ってなくて」
「・・・・・・いや。だい,じょう,ぶ・・・」


みんなの笑い声が耳に痛い。特に師匠の馬鹿笑い。くっそ・・・。



「ノイエ,踊りましょう」
「へっ!?」
「せっかくお祭りなんだもの。ね」


シンシアは俺の手を取って,笑った。
計ったかのようにタイミングよく流れ出す音楽。太鼓に笛にフィドルにリュート。
リズムに合わせて,シンシアがくるりと回った。

・・・そうだよな。今日は祭りなんだしな!楽しまないと損だ!



俺も回ってまた手を取って,ステップを4回踏んで。
シンシアは本当に嬉しそうに笑いながら,俺と踊り続ける。
久しぶりに見たな,ここまでの笑顔。服装や髪型は大人っぽいのに,表情だけまるで子供の頃に戻ったみたいだ。


「シンシア!」
「なぁに?」
「また来年も,花束贈るから!!」
「えぇ,うれしいわ」




まだ言えないけど。ちゃんと,言うんだ。
そのために,言えるようになるために,準備をしよう。決めた。


俺たちは笑ったまま,ずっとずっと踊り続けた。








半刻も経つとさすがに疲れてしまって,俺とシンシアはまた自分たちの持ち場に戻った。
父さんは俺に気がついて,切りのいいフレーズのところで演奏をやめる。その後をリュートが引き継ぐ。


「随分長い間踊っていたなぁ」
「・・・せっかくだし。もう酔いもさめたから,笛,代わるよ。父さんもなんか飲んで食べてきなって。
 いつもみたいに,明日の朝,太陽が昇るまで続くんだろうし」
「ではそうさせてもらおうかな。母さんのかぼちゃスープは飲んでおかないと」
「父さん」
「ん?」


取ろうとした笛が内ポケットに引っかかってしまったふりをして,俺は下を向いたまま,言った。



「俺,春までに自分の家,建てるよ」

「・・・・・・そうか」
「もちろん村の中で。すぐ,近くにするから」
「ああ。・・・落ち着いたら,母さんにも知らせような」
「・・・うん」


父さんは,下を向いたままの俺の頭を2回ほど撫でて,母さんのスープを貰うためにのんびりと歩いていった。


もうすぐ長い冬が来る。この辺りは内陸だから寒さは厳しいけど,その割に雪はそんなに降らない。冬の間も家は建てられる。
春までに。それまでに。そして来年の秋の収穫祭では,”村の伝統儀式”が笑い話になっているように。




笛の吹き口に唇を当てる。一番好きなフレーズから始める。


毎年,祭りの始めに長老が言う言葉。
太陽に敬意を。風と水に礼を。
大いなる恵みをもたらしてくれたこの大地に感謝を。
そして我らの村の健やかな日々を祝おう。

収穫祭。大自然の恵みに感謝する祭り。
これから先の俺にとっては,それプラス,とても重要な意味を持つ祭りになるんだろう。



秋の夜の澄み切った空気が,俺の音を心地よく響かせてくれる。
少しだけ,自分の奏でる笛の音色が変わった気がした。



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小さな後書き

皆に見守られて育ってきた,
あなたのその恋が実りますように。

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