・・・太陽が,沈む。
西の山のてっぺんあたりに触れて,少しずつ姿を隠していく。
俺たちは広場に集まり,村人全員でその様子を見守った。


今まさに完全に沈むという,その瞬間。山の稜線が,ぱあっと夕陽色に縁取られる。
それと同時に長老が,俺が組んでおいた丸太の枠の中に魔法の炎を投げ込んだ。
中に詰まっている薪が一気に燃え上がって辺りを照らす。一日の役目を終えた太陽を,この村に招待する儀式。

長老が杖を振り上げ,年甲斐もなく大きな声で叫んだ。


「さあ皆の衆!太陽に敬意を!風と水に礼を!
 大いなる恵みをもたらしてくれたこの大地に感謝を!!
 そして我らの村の健やかな日々を祝おう!!」



一気に湧き起こる歓声。もちろん俺も手を振り上げて声を出した。
次々に開くワインの栓。テーブルに並ぶ大量のご馳走。
太鼓の賑やかなリズム。かき鳴らされるリュート。
うし,俺の出番だ!

太鼓を叩くおっちゃんの横にいって,ポケットから笛を取り出し構えた。
すっかり身体に染み付いた,軽快なメロディ。最初から強めの音でいく。みんなの視線が俺に集まる。
笛の音で盛り上げて,みんなの気分を高揚させる。これが俺の,祭りの夜の重大な任務。

ひとり,またひとりと踊りだす。二人で手を繋いでくるりと回って,その後同じステップを4回繰り返す,簡単な踊り。


さぁみんな,どんどん踊って!そしてたくさん笑って!
俺も,すっげーうれしい!!








途中で,剣の師匠と交代する。ごつい指で奏でられる,繊細なフィドルの音。聴くたびに思うけどすごい不思議だ・・・。
とりあえず腹ごしらえしよう。そう思って一番近いテーブルに行くと,すぐにでっかいタンブラーを渡され,ワインをなみなみと注がれた。
こ・・・これ一気に飲んだら,もう笛吹けなくなりそうだな・・・。
乾杯してとりあえず一口だけ飲んで,それから料理の取り皿に手を伸ばしたとき,背後から声をかけられた。


「ノイエ」



・・・シンシアが,綺麗に料理が盛られた皿を手に微笑んでいた。


「取っておいたわ」
「あ・・・。おぅ,ありがと」


礼を言って,皿を受け取った。指先が触れてちょっとだけどきりとする。いつもはそんなことないのに。


演奏している間も,ちらちらと盗み見たけど。近くで見たらもっとすごい。
胸元が四角く開いたデザインの,古風でシンプルなドレス。その上から,食事の手伝いをするためだろう,白いエプロンをしていた。

シンシアが綺麗なのは,知ってるけど。いやもう当たり前のことだけど!
・・・でも,いつもハイネックにジャンパースカートだから。こんな姿,全然見慣れないから。
前の祭りのときまでは,もっと子供っぽいの着てたくせに。鎖骨なんて見せたことないくせに。
あと,髪を上げている。なんだか大人の女の人みたいで,やっぱり見慣れない。


「笛,今年もずっと吹いてるのね」
「まぁな。俺の役目だし」
「うん,おつかれさま。後でまた違う料理も出てくるから。休憩のときに食べて」
「あぁ」
「じゃあ,私もまたお手伝いしてくるわね」


シンシアは再び,かぼちゃのスープを次々とカップによそう母さんの傍に戻っていった。
その後ろ姿を見送った後,ワインのタンブラーを取ろうとテーブルのほうを向いた。

みんなの温かく見守るような視線と,妙にやさしい笑顔。


・・・・・・俺は必要以上の量のワインを喉の奥に流し込むことになった。








休憩を終わらせて,師匠と交代した。
だけど予想通り,すぐに息が続かなくなる。指が回らなくなる。馬鹿だなぁ俺・・・。

リズムを保てなくなりそうになったとき,後ろから肩を叩かれた。・・・父さんだった。
両手を身体の後ろで組んで笑ってる。いったん演奏をやめて向き直った。



「もうちょっと,休んでおいで」
「いや,吹くよ。大丈夫」

またすぐに吹き始めようとした俺に,父さんは右手をすっと前に出した。
その手に握られていたのは,銀の笛。俺と同じやつ。


「お前に笛を教えたのは?」
「・・・父さん」
「その通り。もうノイエのほうがすっかり上手になってしまったけれどな。
 さあ,交代だ」
「でも」
「お前にはもう一つ,大事な役目があるだろう?」


今度は左手を出す。持っていたのは。



「・・・・・・・・・まじで!?」
「十年ぶりくらいかな,これを復活させるのは」
「ちょっ,えっ,か,勘弁してくれよ!!」
「母さんが昼のうちに摘んで,綺麗に纏めておいてくれたんだよ。ほらまだ花も生き生きとしている」


小ぶりの花束。それを俺に無理やり持たせる。
子供の頃の記憶が一気に蘇る。同時に,一年ほど前のアリーナとマーニャの言葉も。


「・・・俺,聞いたぞ,仲間たちから」
「なんのことかな?」
「あれ,村に伝わる伝統儀式っていうの,嘘だろ?」
「さあ」
「あれは,男から・・・」

かあっ,と,急に顔が熱くなってしまって,続きが言えなくなった。
父さんは目を細めて,俺の肩に手を置いた。


「・・・幼いお前たちに,村の皆の,小さな夢を託していたんだよ。すまなかったな」
「・・・・・・いや別に,その頃は子供だったし,構わないけど。でも今は」
「シンシアはまだ知らないと思うがなぁ」
「・・・・・・」
「どうする?」


「・・・・・・・・・やる」




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小さな後書き

村祭り独特の温かさと賑やかさと一体感が,
わたしは大好きです。
さてノイエ,いったいなにを?

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