蜜よりも密に満つ

「ねぇ・・・,本当にこっちであってるの?」
「あ,はい,地図では確かにこの方角だと」
「なんにも見えてこないよ」
「ほっほっほ,急いてはことを仕損じる。焦らずのんびりいきましょうぞ」
「分かってるけど・・・。でもこのままずっとここにいると倒れちゃう。だって,」



暑いんだもん!!!



アリーナが上げた不満たらたらな叫び声は,砂漠を渡る乾いた風によって,即座に東へと流された。








南の砂漠,その中央にあるオアシスで,バザーが開かれているらしい。
そんな情報をフレノールで耳にしてしまったアリーナ。
聞いてしまったからにはもう行くしかない。行かぬわけにはいかない。じっとしていることなどできない。
それを制止する目的で姫に同行したはずの家臣二人も,ここまできてその意思が徐々に薄らいできていた。

姫様がこんなに喜んでいるのに。かりそめの自由まで奪いたくない。健気にそう思うクリフト。
いっそのこと,好きなところに行きたいだけ行かせて満足させてしまったほうがいい。と達観したブライ。

水や携帯食料を多めに買い揃え,砂避けのフード付きマントを3人分購入した姫様ご一行は,
朝一番に街を飛び出したのだった。







「同じ太陽のはずなのに・・・」


どうして場所によってこんなに光の強さが違うんだろう。続きをアリーナは飲み込んだ。
王城に射す陽は,穏やかで暖かく,なんとも心地のよいものなのに。ここの太陽はひどく攻撃的だ。
分厚いマントでも防ぎきれない熱。喉が渇く。目が痛い。
貴重な水分は,瞬く間に汗となって消えてしまう。


最初のうちは,初めて見る砂漠に興奮していたアリーナだったが,さすがにこう同じ景色が続くとなると,飽きてくる。
この暑さも手伝って,徐々に覇気がなくなってきていた。



砂漠に生息する魔物たちもいるという。運がよかったのか,まだ一度も遭遇してはいない。
こんな過酷な環境の中,一体どうやって命を繋いでいるのだろうと,アリーナは不思議に思った。
もしも自分が魔物だったら,好きこのんで砂漠に住もうとは思わないだろう。
暑さには弱くないはずだが,ここまでの猛暑はアリーナにとって初体験だった。



「ほっほっほ。世界には,ここよりもはるかに広大な砂漠もあるのですぞ」
「信じられない・・・。そんなの,どうやって渡るんだろうね」


左手でフードを少し上げ,限界まで目を細めて,アリーナは砂漠を見渡した。
オアシスの緑を探したが,砂色以外を見つけられない。
仮にもし緑が近くにあったとしても,太陽の光が強すぎて認識できないかもしれない。
諦めて再びフードを下げようとしたアリーナだが,隣にいたブライが平気な顔で目を開けていることに気がついた。


「えっ!ブライ,眩しくないの!?」
「多少は。瞳の色が濃いほうが,強い光に対して耐性があると言われておりますのぅ」
「そうなんだ!知らなかった」

どうやら赤い瞳の自分は,黒い瞳のブライよりも,強烈な太陽がより眩しく感じるらしい。
アリーナは唸りながら眉を寄せた。

「どう足掻いても,目の色は変えられないものね・・・。慣れるしかないのかな。
 ねぇ,クリフトはどう?」
「眩しいです・・・。フードで影を作らないと,とても・・・」

よく晴れた夏空のような青い瞳にも,太陽は容赦がなかった。

「よかった!わたしだけかと思った」
「はは・・・。早く慣れてしまいたいですよね」
「少なくとも今日はもう,その必要はないようですぞ?」



ブライは右手を上げると,西の方角を指差した。



「えっなに!?」
「なにか・・・見えますか?」



二人にはまだ,まばゆく光る砂漠の砂しか見えない。
すぐに走り出したいところだったが,どうせこの砂の上では足をとられて転んでしまうのが落ちだ。
アリーナはさきほどのブライの言葉を思い出す。


「急いてはことを・・・,なんだっけ?」
「仕損じる,ですじゃ」
「そうそう。うん,ゆっくり行く」


焦る気持ちを抑え,アリーナは歩を進めた。



やがて,アリーナとクリフトにも,砂色以外の別の色彩が認識できるようになる。
緑。城では当たり前のように毎日目にしていた色。
なんという優しい色なのだろう。不思議な感動が身を包む。


次に見えたのは,光。だが,強烈な直射日光ではない。
強すぎる光を受け流し,いくつもの美しいきらめきにかえる,命の源。
それは,澄んだ湧き水をたたえた湖。



アリーナの頬が,暑さ以外の要因で赤く染まっていく。
瞳には湖以上のきらめきが宿る。



二本の樹に両端を結んで渡された,大きな横断幕が見えた。

さらに近づく。ようやく文字が読める距離まで到達した。





    『砂漠のバザー 開催中!!』





もう我慢ができなかった。
アリーナは高揚した気分を抑えきれずに,歓声を上げながら走り出した。



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小さな後書き

元気,元気な姫様です。
灼熱の暑さを一瞬で吹き飛ばしたのは,好奇心。

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