「そこのお嬢ちゃん!食事はまだかい?だったらうちの食堂で食べていきなよ」
「いやいやいや!この『黒糖パン 砂まみれ風』に挑戦するしかないだろう!
 揚げてから粉をまぶしてあるんだ。一番人気だよ!どうだい!?」
「ははん,砂漠を渡ってきたばかりの旅人が,あっつあつのパンなんて欲しがると思うかい?
 まずは冷たい飲み物だよなぁ。ほら,オレンジにグレープフルーツ,椰子の実ジュースも美味いよ!」



アリーナの目が,木箱の上に山積みされたオレンジに釘付けになった。
あれを絞り,氷を入れたグラスに注いでよく混ぜれば,さぞかし美味しいオレンジジュースになることだろう。



「・・・・・・うぅ〜ん,とりあえず我慢我慢。ごめんね,一回りしてからまた来るから!」
「おや,そうかい。じゃあ待ってるからなお嬢ちゃん!!」





売り子達が道の両側から,ひっきりなしに声をかけてくる。
魅惑的な匂いを辺りに振りまく屋台たち。各店が競争しながら集客に励んでいる。
入口に食べ物の屋台を固めて配置し,食欲に訴えかけて人を呼ぶのは,バザーの常套手段だった。
しかし,開催場所が街中ならともかく,このような砂漠の真ん中では,その効果は薄いかもしれない。



フードを上げたブライが,ゆっくりと首を動かして,立ち並ぶ屋台を見渡した。



「・・・このバザーも変わっとらんのう。店自体は少しずつ入れ替わっておるようじゃが」
「以前にもいらしたことが?」
「ほっほ,昔の話じゃがな。ちなみにこのバザーは,サランでも開催されたことがあるんじゃぞ」
「そうだったんですか!知りませんでした」
「わたしも!そのときにも行ってみたかったな」
「残念ながら二十年近く前のことですわい」
「なーんだ。わたし達,まだ生まれてないじゃない」



それじゃあどう足掻いても無理ね,とアリーナは軽く唇を尖らせた。



「ねぇとりあえず,お店,ぐるっと回ってこようよ」
「・・・お元気になられましたなぁ」
「うん!到着したらなんだか疲れも吹っ飛んじゃった」
「確かに,お店から活気を分けてもらっているような感じがしますね」
「ね。・・・さぁ,行こ!!」







宿に荷物を預け,三人は歩き回った。バザーの端から端まで,通れる道という道,すべて。
武器。防具。
見事なガラス細工に,珍しい香辛料。
魔法の道具専門店。
謀ったかのように,それぞれの食指が動く店がちゃんと出店している。
頻繁に足が止まる。時間はどれだけあっても足りない。



気が付けば,陽が傾いてきていた。西の山の頂に太陽が触れるまで,もう僅かな間しかない。


「・・・そろそろ,宿に戻らないとね」
「さすがにこれだけ歩くと,腰が痛くなりますのぅ」
「大丈夫ですか?あとで湿布を用意しましょうか」
「そうじゃな。頼んだわい」
「じゃあ,先にご飯食べてしまお・・・」
「アリーナ姫様!!」




名を叫んだのは,クリフトでもブライでもなかった。



アリーナは驚いて,声がしたほうを振り返る。
池のほとりにいたのは,見慣れた鎧を着た人物。
サントハイムの兵士だ。顔も見覚えがある。



「姫様!探しましたぞ!」


兵士は走ってこちらに向かってくる。
もしや,城を抜け出した自分に対する追っ手なのか?
咄嗟に逃げ出そうかと考えたアリーナだったが,兵士のそのあまりに必死な表情に,足が止まってしまった。
クリフトとブライも,ただ事ではない気配を肌で感じ取っていた。



兵士はアリーナの前でひざまずくと,顔を上げてアリーナに告げた。


「すぐに,城にお戻り下さい!陛下が,陛下が・・・っ!!」









何日もかけてたどり着いた砂漠のバザー。しかし,城へと帰還するのに要したのは,ほんの一呼吸するほどの時間だった。
行ったことのある場所へと瞬時に移動できる魔法,ルーラ。
ブライが唱えたその呪文は,一行を一瞬で城の中庭へと運んだ。



「・・・ほ,ほんとに城に着いちゃった・・・」

初めて体験したルーラにアリーナは戸惑った。
少し平衡感覚がおかしい。が,徐々に戻りつつあるのも分かる。

「慣れですじゃ,姫様」
「うん。思ってたよりは平気かな。ね,クリフ・・・」

ト?
語尾が上がった。



まだ若い神官は,その場でぱたりと倒れていた。



「・・・えぇっ!どうしたの!!」
「・・・・・・す・・・すみま・・・せ」
「ぉお?おぬしもルーラは初めてだったかのう」
「は・・・い・・・」


クリフトはなんとか上半身を起こした。だが,顔色の悪さはそのままだ。


「あっ無理に起きないほうがいいよ」
「・・・さてはクリフト,『ルーラ酔い』を起こす体質じゃな」
「ルーラ・・・酔い? そんなのがあるの?」
「人によってはルーラの後に,めまいや頭痛,吐き気に襲われることがあるのですじゃ」
「確かに・・・めまいが・・・・・・」


かわいそうなほど白くなってしまった頬に,アリーナは右手で触れた。
すぐ傍から覗き込む。


「ほんとだ,真っ白・・・。大丈夫?」



・・・顔が近い。
これにはさすがに,白い頬にも若干血の気が戻る。



「・・・あ,ちょっとましになってきたかな?」
「はい・・・」
「いろいろと修業が足りんのう」
「すみません・・・」


大丈夫です,とクリフトは気丈にも立ち上がる。


「・・・ですがまだ,走るのは無理そうです。姫様,どうかお先に」
「うん,でももうここまで来たら走っても変わらないし」
「急いてはことを仕損じる,ですじゃ」
「あはは!今日,三回目ね」


アリーナは笑った。しかし瞳に宿る不安の色は隠せない。



「・・・じゃあ,行こう。お父様のところへ」




兵士から大体の事情は聞いたが,とにかく実際に会って確認してみないことには始まらない。
王の間へと続く階段に向かって,三人は歩き出した。




第1話へ戻る 第3話へ進む

小さな後書き

クリフトは今後も苦労しそうですね。

思わぬ形で城に帰ってきたアリーナ。
さて,父王に一体何が?

ノベルに戻る
トップ画面に戻る