6人のルーラとキメラの翼

それはなんとも心地のよい秋の日だった。


空から吹き降りてくる爽快な風。サントハイムの城門を守る兵士は,槍を門に立てかけると両腕をいっぱいに伸ばしてその風を受けた。
門の反対側に立つ同期の兵士がそれを見て笑う。

「こらこら。気持ちは分かるが,槍から手を離すのはいかんだろ」
「まぁそう言うなって。俺たちが暇なのはいいことじゃないか。ん?」
「あー・・・まぁな〜。確かに,こんな真っ昼間から攻め込んでくる奴なんているはずがな・・・」



   どっごーーーん!!!



「おぅわ!!」
「なんだ!?」

天高くから,風に混ざってものすごい速度で飛んできた光の玉は,兵士たちの目の前の地面にめり込んだ。
舞い上がった土ぼこりの中から声がする。

「いっ・・・てえ・・・。気合入れすぎて失敗したぁ。わりぃ大丈夫?」
「えぇ,平気よ」

姿を現した二人を見て,兵士たちは仰天した。
同時に,今日の来客リストにその名前が無かったことを,とっさに頭の中で確認した。

「おぅ見張りごくろうさん,わりぃ今回はなんの連絡もしてないんだけどとりあえずクリフトとアリーナに会わせてくれ大至急!!!」
「はっ,はい!!」






うろこ雲が薄く広がる空のもと,クリフトとアリーナは子供たちと共に,城の一階にあるサンルームで昼食を取っていた。


「・・・なので,テンペの林業の重要さがよくわかりました!」
「そうね,よく憶えたわね」
「お父様,私今日初めてスカラが唱えられたんです」
「あぁすごいな。私が使えるようになったのは確か,16の時だったと思うよ」


8歳の誕生日を迎えたばかりの子供たちは,午前中に習ったことを両親に報告するのに一生懸命だった。
二人はそれを聞きながら笑顔で頷く。食事の時間は家族そろって過ごせる貴重な時間だった。


そんな穏やかな空気は,遠くから聞こえてくるばたばたとした足音にかき乱された。


「?何かあったのかしら」
「私,見てきます」
「あっ僕も」

素早く席を立った子供たちが部屋から出るよりも早く,廊下側から扉が開いた。
ノックもなしにものすごい勢いで駆け込んできたのは,緑の髪の青年。

「クリフトー!アリーナぁ!!」
「わっ,ノイエ!?」
「「ノイエ兄様!」」
「ノイエ!どうしたの急に・・・あら,剣持ってる」

上がった息を前かがみになって整えながら,ノイエは,おぅ,と力なく片手を上げた。
そのうちに,後ろからシンシアがごくごく普通に歩いてやってきた。

「こんにちは」
「あ,シンシアさんも一緒だったのね」
「ごめんなさい,お食事中だったのに」
「だあぁっシンシアそんなん気にしてる場合じゃねえ!!」
「ノイエ落ち着いて,一体何があったんですか?」
「あ?・・・・・・ああ」


クリフトに背中をゆっくり叩かれて,ノイエはふぅーっと長い息をついた。


「ここまで焦ってるノイエ,久々にみた気がするわ・・・」
「そうですね,旅をしていた頃以来かも」
「うぅ,なんとでも言え。これが慌てずにはいられるかよ。
 ・・・なぁ,リューを見なかったか?ここに来てないか」
「リューディアを?いえ・・・」
「アリーナも見てないか?」
「うん」
「マリスは?ウィランは?」
「「見てません」」
「そ・・・,そうかあぁ」

怖いほど揃ったいかにも双子らしい返事に,ノイエはかくんとその場に両膝を付いた。


「・・・いなくなっちまったんだよ,リューのやつ」






ノイエとシンシアの娘,リューディア。
なんともかわいらしい,ノイエ自慢の一人娘だ。
そのリューディアが突然,拙い字で書かれた置き手紙を残して姿を消したというのだ。


「ウィラン,見てくれよこれ」
「えと・・・,『ちょっとあそびにいってきます。しんぱいしないでね。リューディア』。うわぁ」
「あの・・・ノイエ兄様。家の付近を探されました?近くで遊んでいるだけなのかも・・・。
 リューディアはまだ5つだし,キメラの翼を一人で使うのは無理だと思います」
「おうマリス,父さん似なのは顔だけじゃないな。うん,賢い賢い。
 それがなぁ,あいつな,最近憶えちまったんだよ」
「・・・・・・まさか」
「そう。ルーラ」
「ええっ!」


これにはさすがに皆,絶句した。


「『父さんみたいにいろんなとこ行けるようになりたい』なんて言うもんだから,
 ルーラの呪文,教えてやったんだよ。ほら,あれって短い歌みたいだろ?
 そしたらマジで・・・」
「使えるようになっちゃった,ってわけ?」
「ああ。家の前から,俺の実家の前まで飛びやがった。まぁ目と鼻の先だけど。
 確かにシンシアは魔法得意だし,俺も妙な血,引いてるけどさ。
 でもだからって,5歳の子がルーラ使うなんて誰が思うかよ」
「・・・ですね」
「んで,絶対一人で使うなってよぉく言っておいたんだけど・・・。
 あぁこんなことなら教えたりするんじゃなかった。くっそー。
 まだあいつには片道分の魔法力しかないんだよ。一晩休まないと,帰ろうにも帰れねぇ。
 親のひいき目抜きにしてもあいつかわいいから,街ん中ふらふらしてたらきっと人攫いに狙われるぞ・・・」
「だから帯剣してるのね」
「おう。それに,街じゃなくて森の奥とかだとやばい。まだ魔物,いるにはいるからな・・・」



頭を抱え込んだノイエの肩を,さっきからずっと黙って見守っていたシンシアがぽふぽふと叩いて,笑った。



「リューディアは大丈夫よ」
「どうしてお前はそんなに落ち着いてられるんだよぅ。あいつはまだ,たったの5歳なんだぞ」
「だって,私とノイエの娘だもの」
「んー・・・」
「それに,ルーラは行ったことのある場所しかいけないでしょう。
 『あそびにいってくる』って書いてあるってことは,きっと知り合いに会いに行ったんだと思うの」
「・・・・・・おぅ」


「ノイエ兄様ってやっぱり,シンシア姉様にはかなわないんだね」
「こら。駄目よそんなこと言っちゃ」

弟の呟きを姉がたしなめる。それを見ていたアリーナは笑いを堪えながら,ノイエに尋ねた。

「ねぇところで,うちの城以外でリューディアが行ったことがあって,
 さらに知り合いがいる場所って,あとはどんな所があるの?」
「あ?・・・あぁ,ええと・・・。まずはエンドールのトルネコんとこだろ,それからバトランドのライアンたち。
 コーミズのミネア。そういやマーニャがモンバーバラに滞在してるときにも行ったな。
 ・・・うん,こんなもんか。他の場所は,行ったことはあっても知ってる奴はいないはず。だな?シンシア」
「ええ」
「では,二手に分かれて探しましょう。
  それぞれルーラで,私たちはエンドールへ,ノイエとシンシアさんはバトランドへ」
「ああ,助かる。見つかっても見つからなくても,とりあえず一度ここに戻ってくることにしようぜ。
 で,次にコーミズとモンバーバラだな。・・・ん?でもクリフト,お前ルーラ使えないだろ。
 それだとキメラの翼いるし,シンシアはルーラ使えるから・・・」
「彼女が,使えますよ。ブライ様直伝です」
「・・・まじ?」
「はい」


8歳でルーラも十分すごいぞ,と,ノイエはマリスの青い髪をかきまわした。
おかげで後ろで綺麗に結んであったのが乱れてしまったが,マリスは気にした様子もなくにっこりと笑った。


「お役に立てるみたいで,うれしいです」
「僕も一緒に行きます!ノイエ兄様,リューディアきっと見つかるよ,安心して」
「ウィラン・・・。ありがとな。二人ともついこないだまで,あんなにちっちゃかったのになぁ」
「子供はあっという間に成長するものよ」
「そこでなんでアリーナが得意げになるんだ?」
「ノイエうるさい!」
「ってぇ!!・・・ひ,久々にくらったぞぉその肘。つぅ〜・・・,クリフトホイミかけて」
「えっ?あ,ちょっと待ってくださいね」
「あら,駄目よノイエ。自分が悪いでしょう。・・・ね?」
「・・・・・・はい」


「父上も母上も,ノイエ兄様たちがくると楽しそうだね」

今度の弟の呟きには,姉もただ頷くしかなかった。
脇腹を押さえたままのノイエは,昔のように歯をいっぱい見せて笑ってから,すっと表情を引き締めた。
シンシアがその横に並ぶ。

「じゃあ,悪いけどエンドールは頼んだ」
「みなさんよろしくお願いします」

サンルームの窓を開けて,ノイエとシンシアは外に出た。
四拍子のリズムで二小節分ほどの短い呪文をノイエが唱えると,二人の姿は光となって空高くに消えた。
魔法の使えない双子の弟のほうは,憧れの眼差しでいつまでも空を見ていた。


「かっこいいなぁ・・・」
「じゃあ,わたしたちも行きましょうか。お願いねマリス」
「はいお母様」
「あっやっぱりちょっと待って。着替えてくるわ,大急ぎで。・・・いいでしょ?クリフト」
「えぇ。でも,あまり丈の短い服は駄目ですよ?」
「それってもう若くないからってこと?」
「ちが・・・」

クリフトの返事を聞かないうちに,アリーナは弾むような足取りで,自室へ向かって走っていってしまった。

もう笑うしかないクリフトは,扉の傍に控えていた司祭長補佐の男性にすばやく午後の予定の変更を告げて,ごめんなさいと頭を下げた。

「私も,剣を取ってくるから。すぐに戻るよ」

子供たちにそう言ってから,アリーナの後を追った。




サンルームは一気に静かになった。
いつの間にか窓の縁にとまっていた鳩が,「く〜くぅっくくー」と間抜けな声を響かせた。


「・・・お父様とお母様,若い頃って,毎日あんな感じだったのかもしれないわね」
「うーんノイエ兄様もかっこいいけど,やっぱり父上と母上もかっこいい!!」




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小さな後書き

さあ,大捜索の始まり始まり。
そういえばドラクエ2のサマルトリアの王子を探すイベント,結構好きでした。

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