バトランドの王城は,質実剛健の気風をよく表わす,堂々たる造りだった。
その城門前,堀に架かる橋の中央に,ノイエとシンシアは今度こそ綺麗に着地した。


「よし,成功」
「場所もぴったりね。よくできました」
「何者だぁっ!!」

警備の兵士に槍を突きつけられてノイエはぎょっとする。

「あっ・・・いや,えぇと。俺たちは別に怪しい者じゃないぞ」
「うふふ,『怪しい者です』なんて自分でいう人は,きっといないと思うの」
「分かってるよぉ・・・。あぁ,悪いけど,ライアンに会いたいんだ」
「まずは名を名乗れ!怪しい奴め!!」
「そうかやっぱり俺ら怪しいのか・・・」

いきり立つ兵士の顔は随分若い。自分が旅をしていた頃と同じくらいだろうと,ノイエは予想した。

「俺はノイエ・ニーベルリート。ライアンの旧友だ。
  とりあえず本人に取り次いでみてくれ。嘘はついてないから」
「の・・・ノイエ,様・・・っっ!!!大変失礼いたしましたっ,勇者様とは知らずご無礼を!!!」
「あ〜そんな,いいっていいって。まだ十代だろ?俺の顔知らないのも無理ないよ」

あれからもう十年がたつ。当時は,この城のほとんどの兵士に顔を覚えられてしまっていた。
久々に「勇者様」と呼ばれて,その頃感じていたくすぐったさがよみがえる。

「今はただのしがない絵描きで,ライアンの友人。・・・とりあえず城ん中,入ってもいいかな?」
「はい!!」





急いでいるので,客間に入って待つのではなく,こちらから直接本人のところへ行きたい。
案内役の別の兵士にそう伝えると,城の地下にある稽古場に通された。
長い棒を槍代わりに,複数の戦士を相手に稽古をつけているライアンがそこにいた。

「お〜い,ライアーン!!」
「ノイエ殿?」


別の戦士に木の棒を渡し,一言二言交わしてから,ライアンはこちらにやってきた。
四十半ばになっても相変わらず逞しく精悍なライアンを見て,やっぱりかっこいいよなぁとノイエは素直に思う。

「よくいらした。久しいな。シンシア殿も」
「おぅ久しぶり!」
「こんにちは,お久しぶりです」
「二人とも達者そうでなによりだ。・・・しかし,ゆっくり話もしていられないようだな。
 直接この稽古場に来た,という事は,何か急ぎの用件があるのだろう?」
「さっすがライアン,話が早い。実はな・・・」


ノイエはリューディア行方不明騒動をかいつまんで説明した。


「・・・んで,もしかしたらここに来てるかな,と思ったんだけど・・・」
「来てない,みたいですね」
「ああ。残念ながら,見ていないな。幼い子供が城内に紛れ込んだというような報告も受けていない」
「そうか・・・。ここじゃなかったか。あ,ちなみ今日はマーニャ,こっちにいるか?」
「いや,昨日からモンバーバラだ」
「う〜んじゃあ後でそっちにも行ってみるか・・。
 ありがとライアン,急に来たくせにすぐに撤収してわりぃな」
「近いうちにまた遊びに来るといい」
「いいねぇ!イムルの小玉りんごもそろそろ収穫時期だっけ?あれ絶品だよなあ」
「果物も茸も肉も,バトランドの秋の味覚はなかなかのものだぞ」
「あぁ,でも今度はマーニャに鶏の丸焼きは焼かせんなよ。また炭になっちまう。
 遠火で炙るからこそあれは美味いのにさー」

ライアンはふっと表情を崩し,ああ分かったと頷いた。

「そんときはクリフトたちも誘ってくるから。・・・じゃあ,またな!」
「さらばだ。早くリューディアが見つかることを願っているよ」
「ありがとうございます,ライアンさん。・・・ノイエ,今度は私が唱えるわね」


シンシアは小さな声で呪文を唱えながら,ライアンに向かってぺこりと頭を下げる。ノイエは軽く手を振った。
再び光に包まれた二人はそのまま空の太陽と重なり,吸い込まれるように消えていった。
それを見送りながらライアンは,ノイエも昔はよく肉や野菜を真っ黒に焦がしてしまって,ミネアにやんわり叱られていたことを思い出した。







「お父様・・・?」
「・・・・・・大丈夫,少しくらっとしただけだから・・・」


エンドールで一番の大通りに面した,トルネコの店。
その立派な建物の壁にもたれかかるようにして,クリフトは右手で顔を覆い目を閉じていた。
軽く目が回るが,ほんの少し休めばすぐに治ることは,過去の経験からよく分かっている。
父を気遣う子供たちをよそに,アリーナは以前クリフトが言った台詞を思い出して笑った。

「ルーラ酔いは大人になったら治るって言ってた人は,どこの誰?」
「そういえば,言いましたね,そんなこと・・・・・・」
「あとキメラの翼も旅の扉も,昔から駄目だったよね。
 それと高いところも。世界樹とか天空の塔とか気球とか!」


ノイエとシンシアに会ったせいなのか。それとも城を飛び出すというシチュエーションのせいなのか。
アリーナはすっかり昔の口調とテンポに戻ってしまっていた。
クリフトは彼女が壁を蹴破って大脱走した日のことを思い出した。
それは懐かしくもあり,同時に,まるでつい先日の出来事のように鮮明に残る記憶でもあった。

あの頃と同じ光を宿す赤い瞳に笑いかけて,クリフトは壁から身体を起こした。

「えぇ。いろいろ,ありましたね。・・・さぁ,行きましょうか」
「父上,もう少し休んでからのほうが」

そのアリーナにそっくりの息子が,心配そうにこちらを見上げている。
クリフトは目を細め,勢いよくはねている髪を直してやった。

「ありがとう。でも,もう大丈夫だよ」





「いらっしゃいま・・・あっアリーナさん!!
 あぁ!クリフトさんにマリスとウィランも!!うわぁみんなそろって一体どうしたんですか!」

一階の銀行を任されているポポロは,扉を開けてやってきた客の顔を見て喜びの声を上げた。

「こんにちはポポロ。急に大勢で押しかけてごめんね」
「いえいえ大歓迎です!ちょうど父さんも昨日帰ってきたんですよ!
 今,上で帳簿のチェックしてます,どうぞ皆さん上がってください!
 父さーん,母さーん!アリーナさんたちがいらしたよー!!」

ポポロはカウンターの端を開けて中に入ると,階段を一段ずつ飛ばしながら二階へ駆け上がっていった。


「・・・リューディア,ここには来ていないようですね」
「そうね,来てたらきっと『さっきリューディアも来たんですよ』とかって,話題にのぼるわよね・・・」
「でも,念のためトルネコおじ様とネネおば様に聞いてみましょう?」

娘の言うことはもっともだった。皆ポポロに続いて階段を登った。


上で出迎えてくれたのは,相変わらずの大きな身体と優しい笑顔,そしてその横にそっと寄り添う華奢な影。

「いやぁみなさん!いらっしゃい,よく来てくれましたね。
 あぁマリスちゃんもウィラン君も,しばらく見ないうちにまた大きくなったなあ」
「さぁ,こちらへどうぞ。今お茶を淹れますから」
「すみません,トルネコさんネネさん。実はゆっくりもしていられなくて・・・」
「ああ,やっぱりそうなんですか?・・・いえね,なんとなくそうかなって。
 そう簡単に出歩けないはずの王家のみなさんが,突然やってくるとなると。
 これは何かあったな?と思いましてね」

広げてあった帳簿をたたみ,最近かけはじめた老眼鏡を外してその上に置くと,トルネコはにっこりと笑った。

「さぁ,話してみてください。私で力になれるのでしたら,何だってお手伝いしますよ」





ことの顛末を聞いたトルネコとネネは,まるで自分のことのように表情を翳らせた。

「そうか,リューディアちゃんが・・・。いっそのこと,ここに来ていてくれたら,みなさんを安心させてあげれたのに」
「ノイエさんとシンシアさん,心配しているでしょうね」
「そうなの・・・。でも,もしかしたらもう,バトランドで会えてるかもしれないし。またサントハイムで合流する予定なの」
「見つかっていると,いいですねぇ」
「えぇ。・・・それでは,私たちもこれで戻ります。すみませんトルネコさん,突然大勢で押しかけてしまって」
「いえいえ,久々に我が家が賑やかになって嬉しかったですよ」
「トルネコおじ様,ネネおば様,ポポロ兄様,また遊びにきてもいい?」
「ああもちろん!待ってるからなウィラン!」

ポポロがウィランの両手を掴んで大きく一回転する。身体がふわりと宙に浮いて,ウィランは歓声を上げた。
そして遠慮するマリスの手を半ば強引に取って,同じように回った。マリスは小さな悲鳴を上げた後,弟と同じように笑った。
トルネコはそれを幸せそうに眺めていたが,ふと真顔に戻って,ネネに声をかけた。

「・・・キメラの翼の予備はまだあったかな?」
「えぇ,あと3つほど」
「あるだけ持ってきてもらってもいいかい」
「今とってきますね」
「トルネコおじ様,大丈夫です,私ルーラが・・・」
「あと何箇所回ることになるか,分からないんでしょう?小さい子が無理をしちゃあいけない」
「・・・はい。ありがとうございます。後で辛くなってきたら,使わせてもらいます」


トルネコの大きな手が,小さな頭をすっぽりと包んだ。
また髪が乱れてしまったマリスは,今日は随分よく撫でられる日ねと口には出さずにそう思い,眉を下げて笑った。



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小さな後書き

ルーラ酔いは多分一生治りません。クリフト残念!

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