張り詰めていた空気が一気に動き出した。皆,ほっと息をつく。
「よかった・・・」
「無事でよかったね」
「これで一安心じゃな」
マーニャは扇を閉じて椅子から身を起こすと,シンシアの肩を叩いた。
「ごめんなさいね。リューディアが『ないしょにして』って言うもんだから」
「いいえ。ありがとうございます」
「でも,よく分かったわね」
「母親ですから」
「・・・ほんとノイエにはもったいないお嫁さんだわ。・・・あーでも,あの子もすっかり父親ねぇ」
あんなに落ち着いた声,出すようになったのね。マーニャは感慨深げに呟いた。
父の腕の中で,リューディアはごめんなさいと頭を下げた。
「あのね,あした,ルーラでもどろうとおもってたの。
だからそれまでないしょ,って,マーニャさんにいっちゃったの」
「そぉか。・・・どうして一人でここに?怒らないから,言ってみ?」
「あのね,あのね・・・・・・」
「魔法,覚えたかったんだよね,リューディア」
返事は意外なところから返ってきた。
「ウィラン?」
「ルーラ以外の魔法も憶えて,ノイエ兄様とシンシア姉様を驚かせたかったんだよね?」
「・・・そうなのか,リュー」
「うん」
娘にどんなにせがまれようとも,ノイエとシンシアは新しい魔法を教えようとしなかった。
「マーニャさんなら,おしえてくれるかな,とおもったの。
もっといろいろまほうつかえたら,とぉさん,かあさん,ほめてくれるかな,って」
リューディアは,しゅん,とうなだれてしまった。
ノイエは抱きしめていた手を解いた。
そして突然,腰の剣の留め金飾りを外して,鞘から抜いた。
「とぉさん?」
「持ってごらん」
「ノイエ,何を・・・」
さすがに止めようとするアリーナを目で制して,ノイエは娘の小さな手にその剣を握らせた。
刃先は床についたまま上がらない。
「重いだろ?」
「うん」
「これでも,剣の中じゃ一番軽いほうに入るんだぞ。はやぶさの剣,って言ってな。
・・・父さんは昔,この剣でたくさんの魔物を殺した」
小さな肩がびくりと揺れた。剣が手から滑り落ちた。
「怖いか?」
「・・・・・・」
「魔法も,同じだ」
右の手のひらを上に向け,ノイエは僅かに唇を動かした。
はじけるような音と共に生まれる光。手の中で小さな青い雷が踊る。
「もし間違えて,これに触れちまったら。お前は死んでしまう」
「えっ・・・」
「好きなところに移動したり,傷を治したりするだけじゃない。魔法にはこんな恐ろしい力もある」
平和な世界。娘の前で剣を振るうことも,攻撃魔法を使う機会も,一度もなかった。
ノイエは右手を握る。雷は音もなく消えた。
シンシアがようやく傍にやってきて,そっとその手に触れた。
「それでも,この力のおかげで,人を守ることができるんだ。
もしリューが魔物や人攫いに襲われたとしても,救い出すことができる。分かるか?」
「・・・・・・うん」
「お前がもう少し大きくなって,ちゃんと魔法を使うことの意味が理解できるようになったら。
そしたら,一つずつ,憶えていこうな」
「リューディア。母さんも,教えるわね。あなたが使える範囲で,少しずつ」
「うんっ!!」
リューディアは小さな身体でめいっぱいジャンプして,両親に抱きついた。
双子の弟は,横にいた姉の手をぎゅっと握る。
「えへへ,なんだか僕もうれしいな」
「そうね。・・・ウィランは,私が守るね」
「僕だってマリスを守るよ!」
そんな子供たちの後ろで,クリフトはそっとアリーナに声をかける。
「どうして,リューディアがモンバーバラにいると思ったんですか?」
「・・・ウィラン見ていたら,そんな気がして。
あの子もリューディアくらいの歳のときに,魔法覚えたいって言い出したの,憶えてる?」
「えぇ・・・そうでしたね」
強い魔法力を持っている姉と,一切の魔法力を持たない弟。
なんでも姉の真似をしたがる弟は,自分も魔法が使いたいとよく駄々をこねたものだった。
「そろそろ本気であの子に,格闘技教えようかしら」
「男の子ですしな,それもよいでしょう」
「ブライ,それって女の子だと問題ってこと?」
「ほっほ。わしはマリス様にヒャドをお教えしましょうかのぅ」
「なぁリュー。実は父さん結構,いろんな魔法使えるんだぞ。
さっきのバチバチはマーニャには使えないし,あとクリフトも使えないすっげぇ回復の魔法だろ,それから・・・」
「あんた確か,メラ系もギラ系もイオ系も全部中途半端だったわね」
「んぐ・・・」
「はいまた眉間にしわ寄ってるわよー」
「マーニャは目尻のしわに気をつけろよ!」
「うるさいわねっ!!」
「そんな顔してると姉さん,ほんとにしわになっちゃうわよ」
ミネアの容赦ない一言に,皆,声を上げて笑った。
せっかくだから,ゆっくりしていきなさいって。
マーニャの言葉に甘え,一同は話に花を咲かせる。
久々に飲む,クリフトが淹れたお茶。
ノイエの大きな笑い声。真似をして笑うリューディア。
マーニャはマリスの髪を結びなおしてやる。その横で順番を待っているのはアリーナ。
ウィランはブライの膝の上でご機嫌だ。
シンシアとミネアは,最近流行の,紅茶で布を染める方法の話で持ち切りだった。
時間はあっという間に過ぎていった。部屋の上のほうにある明かり取り用の窓から差し込む陽の色が,橙みを帯びてきた。
「・・・もうこんな時間か」
ノイエは立ち上がって背伸びをした。
「いいかげん帰らないとな。みんな,今日は巻き込んじまって悪かった」
「ううん,リューディアが無事でなによりよ」
「さんきゅアリーナ。またお前らも,こっち遊びにこいよ。マーニャも,ミネアもな」
「突然行くかもしれないわよ?」
「それも大歓迎!」
にっと笑ってから,ノイエはルーラを唱えるため,シンシアとリューディアを傍に呼ぶ。
「ノイエ,帰りはこれにしたら?せっかくトルネコさんがくれたんだし」
「キメラの翼,か。そうだな。あんまり一日に何回もルーラ使うのは,よくないって言うし」
「私たちも使わせてもらいましょう」
「どうせルーラでもキメラの翼でも酔うのは一緒だもんね」
「・・・はい」
山奥の村に帰るノイエ,シンシア,リューディア。
サントハイムに帰るクリフト,アリーナ,ブライ,マリスにウィラン。
コーミズに帰るミネア。
それぞれ少し離れてまとまる。
「気をつけて行きなさいよー」
モンバーバラに残るマーニャは,すらりとした腕を上げて手を振る。
子供たちが無邪気に手を振り返した。
「おう!じゃあな,みんな!!」
「ええ!」
「さようなら皆さん」
「また会おうね!!」
そろって夕焼け空に投げられたキメラの翼は,白く輝いて皆を包みこむと,光の尾を引いてそれぞれの方向へ飛んでいった。
「・・・あたしも帰ろうかしらね」
明日戻るつもりだったが,この後はもう稽古の予定は入っていない。
皆と会って,マーニャはなぜか無性に帰りたくなった。
とっておきの酒を開けて,今日の出来事をゆっくり話すのも悪くない。
マーニャは笑って,すっかり使い慣れてしまった呪文を,ゆっくりと唇に乗せ始めた。
第3話へ戻る 両親ズとちびちゃんズの落書き,見ます?
小さな後書き
50,000ヒットを踏んでくださったぷねとっぴさんのキリリク,
「ノイエ・シンシア,クリフト・アリーナのW夫婦漫才」でした。
気がついたらW夫婦漫才というより全員参加ほのぼのコメディに(汗)。
思い切ってけっこう先の時間軸にしてみました。
大人になった彼らの中に,ときどきひょこっと昔の彼らが戻ってくる。
その瞬間が,書いていて堪らなく楽しかったです。
ぷねとっぴさん,リクエストありがとうございました!
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