帰りは3人になっていることを願っていたノイエとシンシアだが,残念ながら2人のまま,サントハイム城の中庭へと戻ってきた。
そこにはすでに,司祭長補佐から連絡を受けたブライが待っていた。
「おっブライ!久しぶり,相変わらず元気そうだな」
「おかげさまで長生きさせてもらっとるわい。・・・リューディアは,バトランドにはおらんかったのじゃな」
「あぁ,もう聞いたか・・・。そうなんだよ。あとはクリフトたちがエンドールに・・・あっ!
わりぃ,よく考えたら4人とも王家のお偉いさんなのに,使いっ走りにしちまった」
「ほっほっほ,ノイエらしくもない台詞じゃのう。
まあ,ことがことじゃ。リューディアを見つけるのが最優先じゃろう。
幸い今日の午後は,さして重要な予定は入っておらんだしの」
「さんきゅ,ブライ」
「ありがとうございます」
「なに。・・・お,戻ってこられたわい」
皆の目の前に光が降りてくる。
中から真っ先にウィランが飛び出して,ノイエに抱きついた。
「ただいまノイエ兄様」
「おぅお帰り!」
「兄様ごめん,リューディア,エンドールにはいなかった」
「そうか。あぁ,お前がそんなにへこむなって。ありがとなウィラン。
・・・お?アリーナそれ,キメラの翼じゃん。どうした?」
「トルネコがいっぱいくれたのよ。マリスに負担がかからないようにって」
「トルネコらしい気遣いですな」
その声に,アリーナと子供たちの両肩がびくっと上がる。
「あっ・・・ご,ごめんねブライ,全員で大脱走しちゃった」
「「ごめんなさい・・・」」
「皆さんもお人が悪い。わしに声をかけてくださらんとは。ルーラを使えるものはここにもおりますぞ」
叱られないと分かって,一様に安堵の表情を見せた。
「・・・あれ?負担かかってるのは,娘より父親のほうみたいだぞ」
「・・・・・・すみません・・・」
「クリフトさん,もしかしていつもの」
「ルーラ酔いだろ。うちに来るときもいつもこうなるもんな。おーい,大丈夫か〜?」
ノイエは,青い顔でしゃがみ込んでいるクリフトの腕を取った。
触れた手がぽぅっと淡い緑色に光って,すぐに消えた。
「気休めだけどな。ちょっとはましだろ」
「・・・えぇ。随分楽になりました。ありがとうノイエ」
「へへっ」
「いいなぁ,魔法・・・」
小さな声で呟いた息子の頭を,アリーナはそっと撫でてやった。
「よし,次はコーミズとモンバーバラか。もしこれで,どっちにもいなかったら・・・」
「ううん,きっと見つかるわ。大丈夫」
「・・・だな。後はもう全員で行こうぜ」
「ルーラはわしが唱えよう」
「さんきゅ。ええと,どっちから先にいくか?・・・まあどっちでもいいや,じゃあコーミズ・・・」
「待って。モンバーバラにしない?」
アリーナの声は不思議と,そうしたほうがいいと思わせる力に満ちていた。
「あ・・・あぁ,そうだな。じゃあブライ,モンバーバラで頼む」
「それでは全員わしの傍によってくだされ。クリフトも大丈夫か?」
「はい・・・ここまでくればもう2回も3回も変わりません」
「よし,では皆,いきますぞ!」
7人は遥か南,歌と踊りの街へと飛んだ。
サントハイムとは明らかに異なる強い太陽の光。南から入ってくる湿気を帯びた緩い風。
北のほうではもうすっかり秋めいているというのに,モンバーバラはいまだ,夏の終わりのうだるような暑さの中にあった。
「うわぁ,立派な劇場だね!」
「こんなに大きいなんて・・・」
モンバーバラが初めての双子は,遠くに見える大劇場の赤いドーム型の屋根を見て,歓声を上げた。
そのすぐ後ろを,保護者たちは見守るようにして歩く。
「ねぇノイエ,マーニャは今でもまだ舞台に立ってるんだっけ?」
「いや,今はもう踊りの指導のほうに回ってるらしいぜ。さすがにもう若くな・・・っとっと。
・・・そういや,俺がちびどもに『兄様』って呼ばれてるのも,マーニャが原因だったよなぁ」
双子が物心ついてきた頃。
おば様じゃなくて姉様って呼んで。マーニャがそう激しく主張したため,成り行きで彼女より年下の者も全員,兄様・姉様と呼ぶことになってしまったのだった。
「・・・そう,でしたね」
「おわ,大丈夫かクリフト?顔まだ青いぞ」
「なんとか」
「ほっほっほ,まだまだ修行が足りんのう」
「申し訳ありません・・・」
「お前,えらくなってもブライには頭,上がらないのなー」
頼りなく笑うクリフトに,ノイエは肩を貸してやった。
開演前の劇場では,若い踊り子たちが舞台の上で練習に励んでいた。
音楽に合わせて回り,足を上げ,手をしなやかに伸ばす。
揃った美しい動きに,アリーナと子供たちはぱちぱちと手を叩いた。横でシンシアがにこにこと笑っている。
「マーニャ,おらんのう」
「休憩中でしょうか」
「舞台の裏っかわにでも行ってんのかな。誰かに聞いてみ・・・ぅお!?」
劇場の入り口からやってきた意外な人物に気がついて,ノイエは声を上げた。
「ミネア!!」
「えっ?」
逆光の中,小走りでこちらにやってきたのは,間違いなくミネアだった。
「ノイエじゃない!・・・あれ,みなさんも」
「ミネア,そなたコーミズおるんじゃ・・・」
「いつもはそうなんですけど,姉さんが明日もうバトランドに戻るっていうから,会いに来たんです。
・・・あっアリーナ,久しぶり。また綺麗になったわね。マリスとウィラン,大きくなったわねー」
「うん,ありがとう。・・・ねぇミネア,コーミズを出発したのは,いつ?」
「え?ついさっきよ。キメラの翼を使ったから」
「リューディアがコーミズに尋ねてきませんでしたか?」
「リューディアが?・・・いいえ。どうしたの?リューディア,家出でもしたの」
ノイエの肩がこわばる。
「・・・もしここにいなけりゃ,マジでやばいな」
無意識のうちに,彼は剣の柄を握り締めた。
「そう,そんなことがねぇ・・・」
舞台裏の小さな練習場。
ノイエから一通り話を聞いたマーニャは,足を組みかえて,前髪をかき上げた。
「順番に探して,でも見つからなかったわけね」
「おぅ。・・・あいつ今頃,どこでどうしてんのか・・・」
俯いたノイエの額を,マーニャは手にしていた扇で叩いた。ぺちりと妙にいい音がした。
「って!」
「ほらほら,眉間にしわなんか寄せない。せっかくのいい男が台無しよ」
「・・・しわも寄るさ。娘のことを心配しない父親なんていねぇよ」
「あら。いい台詞吐くようになったじゃない」
今度は扇を広げて,ぱたぱたと仰ぎ出す。
「とりあえず,もう一度よく考えてみたらどう?あの子の考えそうなこと,あの子の行きそうな所。
なにか思いつかない?」
「・・・マーニャ,本当にリューディアはこなかった?」
「なにようアリーナ,もしかして疑ってんの」
「ううん,そんなんじゃないけど・・・」
「リューディア」
突然,シンシアが娘の名前を呼ぶ。
まるで実際に本人に呼びかけているような,優しい声で。優しい笑顔で。
「出ていらっしゃい。怒らないから」
シンシアの視線の先にある緞帳の膨らみが,もそもそと動いた。
その膨らみは,右から左へ徐々に移動していく。ノイエは慌てて傍に寄って,声をかけた。
「リュー・・・?」
「・・・・・・ほんとに,おこらない?」
その,かわいらしい声。
ノイエは丸い息をはいた。
「あぁ。だから,出ておいで」
緞帳の左端から,小さな少女がひょこりと顔だけを見せた。
緑の癖っ毛に,意思の強そうな紫の目。やっぱりおこられるのではないかと,不安げに父を見上げている。
自分によく似た顔立ちの娘を,ノイエは緞帳ごと抱きしめた。
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小さな後書き
リューディア,ようやく発見です。
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