さなぎの時間
「ガーデンブルグに行くのなら急いだほうがいいよ。朝早くに発てば夕方までには着くから」
朝食を済ませたわたしたちに,宿の女将さんはそう教えてくれた。
めずらしく少食だったノイエは,それを聞いてすぐみんなに出発を告げた。
急いで部屋に戻って荷物をまとめた。着替え,タオル,夜に食べたチョコレートの残り。どんどん袋に詰めていく。
鏡台の上に置いてあったブラシを取った。これはいつも別の小さな袋に入れている。
小袋の口を大きく開けたら,勢いがよすぎて手からすっぽ抜けた。中身がばらばらと零れ落ちた。
「ああ・・・っもう,全部ばら撒いちゃった」
慌てて拾う。赤いリボン,それから金とアメジストで出来た髪飾り。口紅。
全部,マーニャから貰ったものだった。夜,髪を梳いてもらうときにお遊びでわたしにつけてくれた。
・・・ガーデンブルグの人たちは,みんなちゃんとお洒落,してるのかな。きれいにお化粧もしてるのかな。
お父様もブライも大臣も兵士も,男の人が誰もいないサントハイムを思い浮かべようとしたけど,やっぱり無理だった。
なによりクリフトがいないなんて。想像も出来ない。
口紅のキャップを外した。控えめな赤。そういえばマーニャがいつもつけている色とだいぶ違う。
今頃気付いた。多分これ,お下がりじゃない。わたしのために買ってくれたんだ。
鏡を見ながら唇に色を乗せてみる。ただそれだけなのに,少し大人になった気がした。
ノイエの真っ青な顔にクリフトが気がついたのは,出発してまだ半刻もしない頃だった。
「トルネコさん,馬車を止めてください!」
「ノイエどうしたの!?大丈夫」
「わりぃ・・・おう,大丈夫。ちょっと気持ち悪いだけ・・・ぅえっ・・・」
「ノイエ,苦しいでしょうが,顔を上げてもらえますか?・・・そう,こちらを見て」
クリフトが診察を始めた。おでこに触れたり,首で脈を取ったり。
やがて,少し笑って,薬草箱から細長い葉っぱを一枚取り出してノイエに咥えさせた。
「この葉を噛んでみてください。飲み込まないように気をつけて」
「さんきゅ・・・・・・なんかスースーするなこれ」
「もともとは頭痛の薬なんですが,二日酔いにも聞きます」
「二日酔い!?ったたたたあぁ・・・,まじで?」
「はい。あ,でも症状は軽いので,少し休めばすぐに楽になると思います」
「ああぁもう,俺,かっこ悪・・・。みんなごめんな・・・」
へこむノイエの頭をよしよしって撫でてあげたら,余計にかくっと首を落としてしまった。
そういえば最近,ノイエの飲む量が前より増えてきた気がする。
それにしても,クリフトは全然平気なのね。昨日ノイエよりもいっぱい飲んでたはずなのに。
お酒に強いのは一応,知ってはいたけれど。
「・・・リーナ。アリーナ?」
「えっ,あ・・・なぁにミネア」
「アリーナも飲むわよね?」
「・・・うん。ありがと」
ミネアとマーニャがみんなに水を配ってた。ノイエに飲ませるついでらしい。
飲むと少しだけレモンの香りがした。今朝,女将さんが分けてくれたレモン。
そういえば,昨日クリフトが飲んだレモン水は,お酒入りだった。
数年ぶりに見た,酔ったクリフト。前よりもずっと・・・なんというか,すごかった。
ずるいよ,クリフト。
「・・・マーニャ,もうお酒混ぜちゃ駄目だからね」
「はいはい。ごめんねアリーナ」
顔を上げると,クリフトと目が合った。
でもクリフトはすぐに横を向いてしまった。ノイエの様子を見ている。
・・・目が合ったと思ったのも,もしかするとわたしの気のせいだったのかも,しれない。
ガーデンブルグの城門まで辿り着いた時にはもう,陽は完全に落ちていた。
すっかり元気になったノイエがごめんよぅと頭を下げた。
「何がともあれ無事に着いたんじゃ。それでよいではないか」
「誰でも一度は二日酔いを経験するものだ」
ブライとライアンの言葉には妙に説得力がある。隣でマーニャがそうそうと頷いた。
「とりあえず,中に入れてもらいましょ。男子禁制とはいえまさか追い返されることはないだろうし」
そのまさかだった。
門の両側に立つ二人の女性兵士は,交差させた槍を解いてくれない。
「申し訳ありません。陽が沈んだ後は,旅の方を通すことはできません」
「ええっ!城の目の前まできて野宿しろっていうのかよ!?」
「規則です」
ぴしゃりとそう言われ,ノイエは唸ってピアスをはじいた。
うん・・・たしかにひどすぎる。サントハイムなら絶対にこんなことはしない。させない。
・・・そうよ。させない。
拳を握り締めて一歩前に出た。大丈夫。堂々とさえしてれば。
「わたしはサントハイム王国第一王女,アリーナです。
突然の訪問をお許しください。ガーデンブルグにあるという天空の盾について,女王様にお話を伺いたく参上いたしました。
お願いです。どうか城内に通していただけないでしょうか?」
兵士たちに動揺が走る。「上の者に確認して参ります」と,左の女性が門の脇の小さな扉から城内に入っていった。
・・・急に力が抜けた。こういうのに慣れてないせいか,ものすごく疲れた。
ブライがすごい勢いで駆け寄ってきた。
「いやお見事でした姫様!わしはうれしいですぞ」
「ブライ,そんな涙ぐまなくても」
「アリーナの敬語,俺初めて聞いたような気がする!」
「うぅーん,でも多分ところどころおかしかったと思う」
「いやもうそんなの気にならないくらいかっこよかった!男前!!」
ノイエをどつくのに拳にしようか肘にしようか考えていたら,クリフトに後ろから声をかけられた。
穏やかな笑顔。いつも見ているはずなのに,なんだか久しぶりに感じた。
「とてもご立派でしたよ」
「・・・・・・そう?」
「ええ」
・・・にやけてしまう。もっと褒めて。
わたしもちゃんと,一人前,よね?
ギイィー,っと耳障りな音がした。城門が内側から少しだけ開く。よかった,ちゃんと通してもらえるのね。
中からさっきの兵士と,もう一人,老年の女性が出てきた。なんとなく神経質そうな感じ。もしかして普通の国で言うところの,大臣?
「サントハイム王女,アリーナ様でいらっしゃいますね」
「はい」
「事情はこの者から聞きました。今夜は城でお休みください。ただ・・・」
銀縁の眼鏡が光る。
「・・・申し訳ありませんが,やはり男性の方を通すわけには参りません。
王女様と,そちらの女性たちのお三方だけです。ご了承ください」
「そんな!」
目の前が暗くなった。頭に血が上った。
やっぱり通じないの?王女らしくなかった!?
「どうして!みんなわたしの大切な仲間よ!男も女も関係ないわ!!」
「ですが・・・」
「全員通して!じゃないと・・・」
思わず身体が前に出る。
そのまま詰め寄ろうとしたら,横から伸びてきた長い腕にさえぎられた。
「落ち着いて」
「クリフト?」
左手でわたしを制したまま,クリフトはよく通る声で女大臣に告げた。
「サントハイム王国司祭長補佐,クリフト・リーセウタ・ルラーフと申します。
この場にいる男性は皆,身元がはっきりしている者ばかりです」
なに?
リー・・・セウタ,って・・・。
3つ目の,名前?
知らない。わたし,知らない。聞いてない。
「わしはサントハイム王相談役,ブライ・ヘイザーじゃ。アリーナ姫様の教育係でもありますぞ」
ブライが名乗った。続けてライアンとトルネコも,名前と肩書きと告げた。
ノイエが名前を言ったあと少しためらってから,「勇者,だ」って,言った。
「決してご迷惑はお掛けしません。責任は取ります」
そう言い切ったクリフトの横顔を見上げる。
いつの間に名前を貰ったの?サランに帰ったとき?
リーセウタ。サントハイムの古語。
セウタは,『癒す』。リーは・・・確か『あかり』とか『炎』とか,そんな意味だった。
ずっと幼馴染で話し相手で,神官,だったのに。
今のクリフトはちゃんと貴族だった。名前だけじゃない。顔も声も気配も,全部。
「・・・・・・分かりました。男性の方もお通ししましょう」
「ありがとうございます。感謝いたします」
「ありがとう」
ついに女大臣が折れた。わたしも慌ててお礼を言った。
馬車も通れるように,門が大きく開いていく。これで全員,中に入れる。うれしい。
でも・・・・・・悔しい。
「うりゃ!」
「きゃっ」「うわっ」
ノイエが後ろから飛びついてきた。両手でわたしとクリフトの肩を抱く。
どうしてもクリフトとくっついてしまう。それは別にいいんだけど,ちょ,ちょっとノイエ,痛いよ。
「なんだよおい!アリーナといいクリフトといい,今日のお前らかっこよすぎ!」
「い,いえ・・・でも,緊張しました」
「そうは見えなかったぞ。しっかし,さっすが貴族のぼっちゃんだよなー。
あ,そういえば新しい名前,クリフトがちゃんと名乗るのは初めて聞いたかも。
3つ目の名前貰ったのは知ってたけど」
「え」
なんで。どうしてノイエは知ってるの!?
「どうしてノイ・・・」
「では,お通りください」
問い詰めようとしたら,ちょうど門が開ききってしまった。
ノイエは肩から手を離して,パトリシアの手綱を引いて行ってしまう。みんなが続く。クリフトも。
「姫様?」
「・・・あ,うん」
ブライに促されて,わたしも前に進んだ。
少し先で,クリフトがこちらを振り返って待っている。
先に行かないで。そうやっていつも待ってて。じゃないと,捕まえて動けなくするから。
駆け寄っていくと,クリフトは笑った。いつもと同じように。
こんな気持ちでいる自分が,悲しかった。

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小さな後書き
そうやって女の子は,大好きなあの人に追いつこうとするのです。
そんなアリーナ。さあ,2話はちょっと大変。
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