女王様に面会できるのは,陽が出ている間だけと決まっているらしい。
さすがにこれ以上の我侭はいえない。明日の朝一番で会う約束を取りつけた。
「本当に,女性しかいないのね・・・」
軽い食事を終えて,客室へと案内される途中。城内を見渡したミネアが呟いた。
うん,わたしもびっくりした。想像と,実際に見てみるのでは全然違う。
城自体は,ずいぶんがっしりとした作りだった。壁を蹴破ったりするのは絶対に無理そう。
むしろ男性的なイメージさえ受ける城。でも,住んでいるのはみんな女性。子供からお年寄りまで,全員。
不自然。やっぱりものすごく不自然。
あれ?どんどん人が集まってきた。
「なぁ・・・俺ら,もしかしてすっげえ見られてる?」
「もしかすると,旅人が珍しいのかもしれませんね」
・・・違うと思う。
見られてるのは,クリフトとノイエ,あとライアンだけだもん。
いつものように気軽に「こんばんはー!」と挨拶したノイエは,返ってきた黄色い声に固まってしまった。
「な・・・なんかすげぇ歓迎っぷり・・・って,違うか」
「え,えぇ・・・」
ライアンは兵士たちから熱い視線を送られている。そうよね,ライアン男らしいもの。戦士だし。
でも,欠片も動揺していないのはさすがだった。
表情がくるくる変わってかわいいノイエ。最近ちょっと顔の感じが変わってきたけど。
少し年上の女性たちが手を振る。でも普段みたいに振り返す余裕はないみたい。
クリフト。わたしたちと同年代の子が大勢,彼を見つめている。
確かに,綺麗な顔してるし,背も高いし,声も・・・。
でも他の街では,ここまで視線を集めることなんて,なかったのに。
やっぱり,この城に男の人がいないせいなんだろうけど。
クリフトの服を,引っ張ってみる。
「?・・・どうかなさいましたか」
「なんでもない」
そうやってわたしだけ見てればいい。
横に並ぶ。傍による。クリフトはわたしのもの。
他の子には視線すら分けてあげないから。
それでも,クリフトは前を向いてしまう。
横を見たまま歩くわけにはいかない。分かってるわよ。でもお願い,せめて目はそうやって伏せたままで。
「なによもう!きゃあきゃあうるさいわね!!」
「姉さん機嫌悪いの?お腹空いた?」
「違うわよ!」
・・・マーニャはどうして苛立ってるのかな。
もしかして,男の人がいないから,かな。きっとそうよね。
わたしとマーニャ,ミネアにはそれぞれ一部屋ずつ。男の人たち5人はまとめて一部屋だった。
すごい差だけれども,扱いが違うのはこの際仕方ない。
食事のときに給仕をしていた女性が,部屋まで案内してくれた。
男性陣の部屋は逆の廊下に面していたけれど,クリフトはいつものようにちゃんと送ってくれた。
マーニャとミネアにお休みを言う。一番奥がわたしの部屋らしい。
「それでは姫様,お休みなさい・・・」
それだけ言って,クリフトはすぐに帰ろうとする。視線がわたしから外れる。
「待って」
「?はい」
「寝るにはまだ早いから,いつもみたいにお話してくれる?」
「えっ・・・」
また,わたしを見つめる。うれしい。
でも,クリフトは首を横に振った。
どうしてそんなことをしたのか自分でも分からない。
クリフトの手を掴んで強く引っ張った。すぐにドアを閉める。
案内の女性はまだ廊下にいたけど,気にならなかった。
部屋は随分と広くて綺麗だった。ランプがいっぱい置いてあるせいで明るい。
子供っぽくない上品な花柄のカーテンとベッドカバー。
テーブルには,砂糖で包んだアーモンドのお菓子と果物篭。女の子の好きなものばかり。
「姫様!」
わたしに対して声を荒げるクリフトなんて,どれくらいぶりだろう。
「ここは宿や船ではありません。他国の城です。私があなたの部屋に入るわけには」
「いいの。クリフトだから」
「よくありません!」
感情が昂ると目の色が少し濃くなる。そんなことを知っているのは多分,わたしだけ。
「失礼します」
頭を下げて退出しようとする。やだ。帰さない。
果物篭の一番上にあったりんごを掴む。添えられていたナイフを取る。両方,クリフトに突きつけた。
「りんご,剥いて」
「何を」
「話すのが嫌なら,せめてりんごだけ剥いてって!」
わたし,何言ってるんだろう。
別に,いつも剥いてもらってるノイエが羨ましいとか,そんなんじゃない。
ただ何とかして,少しでも引き止めたかった。女の人だらけの外に帰したくなかった。
「・・・・・・分かりました」
りんごとナイフを受け取って,ソファーに座る。
クリフトは我侭を聞いてくれた。
・・・どうして。どうしてこんなにつらいんだろう。ただ好きなだけなのに。
まるで赤いリボンのように,りんごの皮は一定の太さでテーブルに折り重なっていく。
そうね。クリフトは包丁やナイフ,慣れてるものね。よく考えたらりんごの皮むきなんて,ほんの数分。
ナイフを持つ手が綺麗だと思った。手自体はそんなに大きくない。ただ指が長い。
りんごを6つに割る。芯を順番に取っていく。
顔を見上げてみる。前は幼い感じだったのに。気がついた時にはすっかり変わっていた。
視線を感じたのか,クリフトがわたしを見た。いつもは微笑んでくれるのに,今はふっと目をそらす。
悔しい。わたしばかりどきどきしてる。別にクリフトは年上じゃないのに。たった3ヶ月しか変わらないのに。
「できましたよ」
「・・・ありがと」
やっぱり,あっという間に剥き終わってしまった。
りんごを一つ取ってかじった。残りの端が赤く染まってどきっとした。
・・・そっか。わたし今日,口紅付けてたんだ。
なんだかため息がもれた。クリフトがソファーから身体を起こして,ナイフを置いた。
あぁ,もう帰っちゃうのね。そう思った瞬間,すごい力で引き寄せられた。
唇が塞がれる。
息まで飲み込まれる。
いつもわたしからするキスと違う。苦しい。
咄嗟にクリフトの肩を押そうとして,やめた。そのまま首の後ろに手を回す。
そうよ,キスしてほしかったのはわたしのほうじゃない。こんなふうに,サランの時みたいに。
一瞬だけ唇が離れて,すぐに耳元に寄せられた。垣間見たクリフトの瞳は怖いくらいに青い。
左耳に痛みが走る。首筋がぞくりとした。肺が空気を求めた。
「ぅあ・・・っ」
息を吸ったら勝手に喉が鳴った。ピアスが外れて床に落ちた。
クリフトが急にびくりとなって,わたしを突き飛ばした。
頭が,ソファーの背もたれで弾む。
頭の中も同じくらいぐらぐらしていた。
なかなかおさまらない,わたしとクリフトの荒い呼吸音だけが広い部屋に響く。
「・・・どうして,抵抗しないのですか」
「子供じゃないもの」
「じゃあ,大人だと?」
「ええ。だからちゃんと抱きしめ・・・」
「違う。あなたは・・・」
―そんな顔,しないでよ。
口紅がうっすらとクリフトの唇に移っていた。
少し変な味がするから気が付いたんだろう。クリフトは手の甲で唇を拭う。色はきれいになくなった。
さっきから左耳が痛い。
触れてみたら,少し血がついた。ピアスで切ってしまったのかもしれない。
クリフトの腕がゆっくりと伸びてきたけど,もう動くこともできない。
指が耳朶をかすめる。慣れ親しんだ不思議な暖かさが染み込んで,消えた。
同時に,痛みも消えた。
クリフトはソファーから腰を上げて,頭を下げた。
「失礼しました。どうかご無礼をお許しください。・・・お休みなさいませ,姫様」
静かに開いて,静かに閉まるドア。
笑いもせず,怒りもせず。いつもより硬い敬語だけ残して,クリフトは行ってしまった。
ねぇ,クリフト。わたしのこと・・・好き,なんだよね。
愛してるから,ずっと一緒にいたいから,だから勉強も修行も頑張ったんだって,言ってたよね。
じゃあどうして抱きしめてくれないの。
分からないよ。クリフトの考えていることが全然分からない。
なんで最後に謝っていくの。どうしてそんな辛そうな目,するの。
拭い取られた口紅。
消された傷。
あなたに,跡を残したかった。
あなたの跡くらい,残してほしかった。
第1話へ戻る 第3話へ進む
小さな後書き
いろいろなことが引き金になって,今まで危ういまま保っていたバランスが崩れてしまいました。
さて,正念場です。語り手をクリフトに変え,話はまだまだ続きます。
ノベルに戻る
トップ画面に戻る
|