祝賀の鐘は碧空に響く

その封書は,程よく重かった。


・・・いや,王族や貴族の普段使いの封書ってのが,どのくらいの物なのかは知らないけど。
俺だって絵描きの端くれ,紙の良し悪しくらいは分かる。
手触り。重さ。丁寧な型押しと繊細な縁の加工。多分これ,最高級の紙を使ってる。
まあ,それもそうだな。こんなときにいい紙を使わなくていつ使う。



最近この村まで来てくれるようになったブランカの郵便配達の兄ちゃんが,少し上がった息のまま「こちらにお願いします」と帳面を差し出してきた。
俺は腰の小物入れからペンを取り出し,帳面を受け取って,指定された欄にサインする。
ちょうど昼飯を食いに家に戻ってきてる時でよかったとか,そんなことを考えながら書いたら,ものすごい右上がりの字になっちまった。まぁいっか。
帳面を返すと,兄ちゃんは郵便屋のマークが入った帽子を取って,ぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございましたー!」
「おぅこっちこそ配達ありがと!山道きつそうだけど,だいじょぶか?ちょっと村で休んでいけば」
「いえいえ平気です,山越えも仕事のうちですから!」


では失礼します!!・・・と,お日さまも顔負けなくらいのピカピカ笑顔を残して,兄ちゃんは早足で帰っていった。
ある程度の距離以上だとキメラの翼やルーラを使うけど,近距離は徒歩で移動するって前に言ってたっけ。
今から山を越えて,森を越えて,ブランカに戻るんだよな。・・・頑張るよなぁ。



小柄な背中を見送ってから扉を閉めた。食卓に戻ると,母さんがデザートのりんごを剥いている。うまそう。


「今の子,ノイエと同い年くらいかしらね」
「かなぁ?もうちょっと若いかも」
「それにしても,随分立派な封筒じゃないの。またどこかの王家から絵の依頼?」
「あ,いや。王家は王家だけど,仕事じゃない」


封蝋に押されている印は,もうすっかり見慣れた紋章。
手紙が送られてくることは,本人たちから事前に聞いていた。その内容も。



「招待状!」



・・・楽しみだなぁ。あいつら,ほんとに結婚するんだよな。すごいよなあ!!
急に上がってしまったテンションを持て余しながら,急いで封を切って便箋を取り出した。


    『ノイエ・ニーベルリート様』



当たり前だけど,まずは俺の名前。
でも,そのすぐ下に連名で書かれた名を見て,さっと血の気が引いた。一気に素に戻った。




「・・・・・・やばい・・・」
「?どうしたの」
「ど,どうしよ,いいのかな,だってまだ,別にそんな,だからなんか変じゃないか。うわあ」
「ノイエ?」


一人で動揺していたら,母さんが横から手紙を覗き込んできた。
途端,笑い出す。そして頭を撫でられる。くそぅ・・・。


「そういえば,仕立て屋さんには自分の分しか服を注文してないのよね」
「・・・そうだった」
「今から誘って,一緒に行ってきたら?早いほうがいいわ」
「・・・だな」




・・・・・・『シンシア・フォウビエイユ様』。
一緒に招待してくれるのはうれしいけど,だったら一通ずつ招待状出せばいいじゃん。
なんで連名?わざとか。それとももう,そういう仲だと思われてるのか。

・・・今度は顔が熱くなってきた。あぁもう。


「いい機会だからノイエも頑張りなさい」
「何をどう頑張るんだよ!?・・・もう,行ってくるから!」


剥かれたばかりのりんごを口いっぱいに詰め込んで,すぐに家を出ようとしたら,母さんに呼び止められた。

「あぁノイエ,忘れ物,忘れ物」
「ふぇ?財布ふぁ持っへるろ」



にゅっと差し出されたのは,見慣れた四角い包み。




「先にお父さんの弁当,届けてきてちょうだい」



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小さな後書き

・・・と,こんな感じで招待状は配られたのでした。
さて,プロローグはここまで。次は式当日です!

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