この半年間というもの,それはもう目が回るような忙しさじゃった。
姫様とクリフトの成人の儀式と婚約の発表。クリフトの司祭長任命式。
そして今日の,結婚式の準備。

文官達や前司祭長と共に,サントハイム王家のしきたりに則って式の段取りを組む。
招待客を選定し,それぞれに招待状を送る。他国の王族がたには,失礼のないようわし自身が使者となり,直接届けた。
ノイエやトルネコ,ライアン,マーニャにミネアにもわしが届けたかったんじゃが。時間がそれを許してはくれなんだ。

いやはや,我ながら老体に鞭打ってよく働いたわい。おかげで持病の腰痛が少々悪化してしもうた。
ひと段落ついたら,アネイルでのんびり湯治でもしたいのう。



今までが慌ただしかった分,当日は随分暇に感じるわい。
サントハイムに仕えるものは皆優秀じゃ。次々と訪れる来客たちを,門を守る兵士,案内係,そしてメイドと,見事に連携しながら定められた部屋に通していく。
今歩いている廊下も,隅から隅までぴかぴかに磨き上げられておる。
会場の設営もすでに完璧な状態になっており,後は本番を迎えるのみ。わしの出番はもうほとんどなかろう。

・・・さて,少し遊んでくるとしようか。








「ブライ様!」



控えの間のクリフトは,それはそれは好い笑顔でわしを迎えてくれた。
まだ式まで時間はあるが,すでに正装に着替えておった。前髪も軽く上げてある。
そうするとますます父親そっくりになる。大人になったのぅ。

「少々時間が空いたのでな。顔を見に来たわい」
「ありがとうございます。式が終わるまでお話できないのではないかと思っていました」


ソファーにそうろと座る。一気に動くと腰にくるんじゃよ。
クリフトが向かいに座った。緊張のあまりどうにかなっとらんかと心配じゃったが,意外にも落ち着いておった。


「あまり緊張はしとらんようじゃな」
「はい,今のところ・・・」
「その余裕がいつまで持つかのぅ」
「ははは,多分もういくばくもしないうちに動揺してしまうと思います・・・」
「ほっほっほ」


そうじゃ。大人になったといっても,おぬしはまだまだ若いのじゃから。
緊張し,動揺し,笑い,そして泣いて,式を終えるといい。

眉を下げて笑っていたクリフトのその目に,ふっと,強い意志が宿った。
わしは反射的に,痛いはずの腰を伸ばしてしもうた。



「・・・ブライ様」
「・・・・・・うん,なんじゃ」
「ありがとうございます」


何故こんな式の間際に,改めて礼など言う。頼むからそういうのはやめてくれい。
わしはそんな柄ではないのじゃ。しんみりする必要はない。


「私が親元を離れ,城での生活を始めたときからずっと,ブライ様は私のことを見守ってくださいました」
「当たり前じゃろう。友人の末っ子をこの城で預かったのじゃから。面倒を見るのは当然ではないか」
「確かに,そうかもしれません。でも,それだけじゃなかった」


クリフトは口を閉ざし,目を伏せた。記憶をたどっているのじゃろうか。


わしも思わず,この15年を振り返る。

・・・そうじゃな。それだけではなかったな。




クリフトよ。
礼を言うのは,わしのほうなのじゃ。
息子のように思っていたおぬしの兄たちを失い,妻にも先立たれて悲しみに暮れていたわしには,おぬしが希望の光に見えたものじゃよ。
姫様と二人で城を駆け回るその姿に,どれほど力を与えられたことか。

この子たちが成人して,共にサントハイムを支えるその日まで。
そう思うことができたからこそ,今のわしがある。




そんな思いを知ってか知らずか,クリフトは再び顔を上げると,青い瞳でわしを捉えながら,ゆっくりと言葉を綴る。


「だから,ブライ様。
 本当に,ありがとうございました」


若いゆえのまっすぐな言葉は,年老いた心をも熱くする。


「・・・ふん,まるでおぬしが嫁に行くような台詞ではないか」
「え。いや,そんな・・・」


素直に言葉にできぬ,ひねくれた老人を許してくれい。


「ありがとうを言うにはまだ早いわい。まだまだこれからもわしに世話になるじゃろうからな」
「・・・そうですね。では」



・・・そう,その笑顔じゃ。それさえあれば,いい。




「これからも,よろしくお願いします」




クリフト。おぬしはまさにわしの,『癒しの灯』じゃったよ。





ゆっくりとソファーから腰を上げて,わしはクリフトに背を向けた。
そのまま顔を見続ける自信がなかったものでな。


「・・・さて。おぬしもそろそろ動揺したいじゃろ?」
「は?」
「姫様のご様子を伺いに行くぞ」
「あ・・・」
「ぼちぼちドレスもお召しになっている頃じゃろうて」


分かりやすいやつめ。一瞬で緊張したのが,背中越しにでも分かる。


扉を押そうとしたちょうどその時に,廊下側からどんどんどんと,えらい強さで叩かれた。
触れていた右手がびりびりする。・・・馬鹿力。誰なのか尋ねるまでもないわ。


「クリフト,いるかー!?」
「この幸せもの!ひやかしにきて来てあげたわよー」
「違うでしょ姉さん。お祝いに来たのよ」
「まあまあ,今回はその両方でもいいんじゃないですかねぇ」



このざわつき具合からいくと,扉の向こうにはすでに全員揃っておるんじゃろう。
部屋は一気ににぎやかになるじゃろう。おかげで涙は見せずに済みそうじゃな。
偏屈老人の体面をなんとか保つことができたわい。


振り返る。クリフトは笑顔で頷くと,そのよく通る声で返事をした。



「・・・はい,どうぞ!」




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小さな後書き

悲しみに打ちひしがれた老人を照らす小さな癒しの灯は,多くの愛情を糧に,
大きな灯りへと成長しました。

さあ,次の語り手はどなた?

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