ここには,何度か来たことがある。
俺が仕事のついでにふらりと立ち寄ったら,クリフトはいつも自室に通してくれた。そのときにここを通る。
あいつ,ここんとこずっと忙しそうだったから,昼を避けて夕方以降に遊びに来ていた。だから知らなかった。
この教会,昼間はなんて明るいんだろう。もういいやってくらい陽が入る。
教会ってなんとなく薄暗いイメージがあったけれど。いや,それだって悪い意味のほうじゃあないけれど。
・・・でもここは,光で溢れてる。


俺,こっちのほうが好きだな。
ぴったりだ。あいつらに。






案内されたのは,新郎側の,前から二列目の席だった。

「随分いい席だけれど,いいのかしら・・・」
「いいんじゃない?あの子たちの気持ち,ありがたく受け取っておきましょ」

マーニャの意見に賛成。他国の王族達は,新婦側にいるみたいだし。
それに,前の席のほうが二人の姿,ちゃんと見られるし。


「しかし,すごい人数だよな・・・」

後ろを振り返ってみる。入口の壁際まで人でびっしりと埋まっていた。
シンシアが俺の隣でこくりと頷く。

「本当に大勢の方が出席されているのね」
「な。さすが一国のお姫様・・・・・・あ!」


首を戻したら,俺の前に座っていた人が身体をひねって俺を見ていた。


「やぁノイエ君。皆さんも」
「ソルさん!」

クリフトの兄さん,ソルフィスさん。
見た目はクリフトによく似てるけど,中身はだいぶ違う。いろんな意味で豪快な人。
何故か俺を気に入ってくれたらしく,よく絵の仕事を紹介してくれる。

・・・そっか,最前列は新郎の家族の席だよな。クリフトの父さんと母さんもいた。
丁寧にお辞儀されたので,俺は慌てて頭を下げた。シンシアも妙に優雅に礼をする。
ソルさんの目がきらりと光ったのが分かった。やばい。

「初めまして美しいお嬢さん。お名前は? ・・・シンシアさん。いい名だ。
 ノイエ君,君の彼女かい?」
「ちが・・・」

う・・・。最後の一文字を俺はなんとか飲み込んだ。まだ肯定できないけど否定はしたくない。
マーニャが喉の奥で静かに笑ってるのが聞こえる。
あぁくそ,今日こんなんばっかだ。俺はただクリフトとアリーナを祝いに来ただけなのに・・・。


ニアさんが少し急いでやってきて,ソルさんの隣の席に着いた。ドレスの調整お疲れさま。




祭壇上に,人がやってきた。急に水を打ったように静かになる。
髭の長い爺さん。ゴットサイドからきた偉い人らしい。
サントハイムの最高位の神官は,司祭長のクリフトだから。その上を呼んだってわけか。




「・・・それでは,ご起立ください」

司祭の言葉に,皆,席を立って姿勢を正した。



厳かに開式の宣言がされる。

続いて,新郎の入場。
祭壇の脇から,クリフトが上がってきた。
いい表情をしている。ものすごい緊張してるとは思うけど。

・・・俺まで緊張してきた。手が汗ばむ。



オルガンの音。
開く扉。

会場全体が,ほぅっという感嘆のため息に包まれた。


ヴェールに覆われていてもよく分かる,アリーナの顔。
旅の間は,せいぜい口紅くらいしか塗ってなかったけど。今日はちゃんと化粧してて,髪も結って。
なによりその目が,今まで見た中で一番輝いてた。綺麗だな。素直にそう思った。


王様と共に,ゆっくり,ゆっくりと,アリーナは歩を進める。
俺たちの横を通って。クリフトの元へとたどり着く。
王様からクリフトに,アリーナの手が託された。



式は滞りなく進む。
賛美歌。司祭の祝福の言葉。
指輪の交換の時にはもう,アリーナの瞳は濡れていた。



「私,クリフト・リーセウタ・ルラーフは,アリーナを妻とし,生涯変わることなく愛することを,ここに誓います」


誓いの言葉。緊張していてもなお,温かで柔らかいクリフトの声。


「わたし,アリーナ・イア・ラフォーリィは,クリフトを夫とし,生涯変わることなく愛することを,ここに誓います」


僅かに涙でかすれた,アリーナの声。



「では,誓いのキスを」


司祭に促され,クリフトは首から提げていた,3つ目の名前が彫られたプレートを外す。
アリーナのヴェールを上げるとき,クリフトが何かささやいたのが分かった。



プレート越しに,二人はキスをする。
クリフトの名前が,アリーナに贈られる。



ゆっくりと顔を離したクリフトの頬に,ようやく涙が伝った。
よくここまで我慢したな。お前,あんなによく泣くのにな。


二人がキスをしているところを見るのは,初めてだった。
それに気がついて,俺は何故かちょっとだけ・・・いや。
かなり,感動してしまった。








バルコニーの下には,人が多すぎて押しつぶされやしないかと不安になるほどの人数が集まっていた。
王女の結婚を祝うために集まってきた,サントハイムの国民たち。
式を終えたクリフトとアリーナは,バルコニーに出て歓声に応える。
少し後ろから,俺たちは二人の背中を見守っていた。
バルコニーの手すりぎりぎりに立つ二人。クリフト,怖くないのか?ちょっと心配になる。



大量の花びらが蒔かれる。それは風に乗って,人々の元へ届く。再度高まる歓声。


「すごい騒ぎね!」

そういうマーニャの声すらろくに聞き取れない。

「二人とも,しばらくバルコニーに出ずっぱりでしょうねえ!」

確かに,その通りかもなトルネコ。





     ごぉーーーーーーん

     ごぉーーーーーーん





鐘が鳴る。サントハイムの尖塔,そのてっぺんにある大きな鐘。
国中に届けとばかりに,晴れ渡った空の中,風と共にどこまでも広がっていく。


ふいに,レイクナバで聞いた鐘の音を思い出した。


『私も。いつかは。・・・愛する人と』


耳の奥で蘇る,クリフトの澄んだ声。
・・・そうだな。その通りに,なったんだな。



左手に温かさを感じた。触れるか触れないかくらいの位置に,シンシアの手があった。
少しだけ動かして,そっと,触れてみた。
シンシアがいつもと同じ瞳で,俺を見つめてくる。
大歓声の中でも聞こえるように,俺の耳元に口を寄せて,こう言った。


「素敵な,式だったわね」
「・・・・・・ん」



みんなに気づかれないように,こっそりとシンシアの手を握った。
逆の手で,やっぱり気づかれないように,素早く目の端を拭った。






・・・キャンバスに描こう。全部。全部。
二人の姿。誓いのキス。揺れる青と赤の瞳。
王様の,クリフトの両親の,ブライの,表情。

祝福に満ちた光の教会。
バルコニーの下の熱気。
舞う花びら。透明な秋の風。
鐘の音が高らかに鳴り響く,とんでもなく青いこの空。




絵描きとしてはまだ,かけだしの俺。
でもきっと,お前達を描くんだったら,どんな有名画家にだって負けない。


任せとけ。クリフト,アリーナ。
俺にしか描けない絵を描くから。
今日という日を,お前らごとそっくりそのまま切り取って,永遠に留めてみせる。




ほんとに・・・おめでと。
幸せに,なれよ?





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小さな後書き

最後は再び,彼らの親友の目線から。
おめでとう,クリフト,アリーナ。わたしもなんだか,感無量です。

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