「・・・さて。クリフトよ,心の準備はよいか?」


随分立派な両開きの扉の前でブライさんは立ち止まると,クリフト君を杖の先でつつきました。
クリフト君はというと,軽く頷くだけ。やはり緊張しているんでしょうねぇ。いや,その気持ちは痛いほど分かりますよ。私も初めてネネの花嫁姿を拝むときは,それはもう・・・
おっとすみません,話がそれましたね。ブライさんは扉を3回ノックします。



「姫様,よろしいですかな?」


扉の向こうから「うん,どうぞ」とアリーナさんの返事が聞こえました。その声はいつものアリーナさんとなんら変わりありません。
ブライさんは扉の両側に立つ兵士たちに目で合図します。扉は,ゆっくり,ゆっくりと開かれていきます。

これはクリフト君じゃなくても緊張しますねぇ。皆,知らないうちに息を詰めていました。



・・・その部屋はもう,まばゆいほどでした。
窓から入る昼の陽が彼女にふわりと被さって,白いドレスの輪郭が光の中に溶け込んでいます。
しかし何よりも輝いているのは,アリーナさん自身の,その笑顔。
ええ。それはそれは,綺麗です。


誰も言葉を発せず,その場から動くこともできませんでした。
さすがに不安になったんでしょう,アリーナさんは右肩の部分の布を左手で軽くひっぱりながら,尋ねてきます。


「・・・うーん,やっぱりなんか変?」


「・・・いや,全然おかしくないぞ・・・」
「とても似合ってるわ」
「まさかここまでだなんて・・・。今日は完全に負けちゃったわねぇ」

マーニャさんが,ドレスの裾を踏まないように気をつけながらアリーナさんの傍まで寄ると,その手を取ります。

「綺麗よ,アリーナ。結婚おめでとう」
「ありがとう!!」
「ぃたたたた!力込めすぎ!!」
「あ,ごめん」
「ぶはははは!やっぱアリーナはアリーナだな!
 ・・・さて,新郎。そろそろお前の出番だぞ」

ノイエ君がクリフト君の肩を,ぽんと叩きます。
ずっと幸せそうな顔でアリーナさんを見つめていたクリフト君は,ようやく新婦の元へと向かいます。



「・・・本当に,綺麗です」

「うん,ありがとう」



その二人の表情といったら。見ている私たちまで幸せな気分になります。
寄り添う二人に降り注ぐ陽の光。まるで一枚絵のようです。
ノイエ君が式の模様を絵に残す仕事を依頼されているそうですから,今のこの光景も描いてくれそうですね。


ふいに,続きの間の扉が開きました。
・・・あぁ,ニアーリエさんです。針と糸を手にしてらっしゃいますね。ドレスを少し直すんでしょうか。


「まあ!皆さんお久しぶりです」
「こんにちはニアさん!」
「弟さんのご結婚,おめでとうございます」
「ありがとうございます」

ほほえむその顔は,やはりクリフト君にそっくりです。

「直していただいたズボン,ぴったりですよ」
「それはよかったわ,安心しました」
「パパ,また太っちゃ駄目だよ。次はもうズボン直せないんだからね」
「そうだなぁ。新しいのを買わずに済むように気をつけないとなあ」

ポポロの言葉が身にしみます。今日も食べ過ぎないようにしないと。
隣でネネが,「野菜を多めに食べましょうね」と笑います。
野菜もちゃんと食べてはいるんですけどね。それ以上に肉やパンを食べてしまうのがいけないのだろうなぁ。


「ニアさんありがと。すっげぇ忙しいときなのに,俺やシンシアの服まで仕立ててもらっちゃって・・・」
「いいえ,こちらこそ私に依頼してくださってありがとうございます。
 お二人の衣装を縫うのは,とても楽しい作業でしたわ」

よくお似合いです,とニアーリエさんは穏やかな笑顔を浮かべます。
そして,「失礼します,少しだけ調整しますね・・・」と一言断ってから,アリーナさんの腰の後ろに幾重にも重なるレースのうちの1枚を手にすると,針を動かし始めました。
アリーナさんはニアーリエさんが作業しやすいように身体の向きを変えました。ちょうどその正面にノイエ君とシンシアさんがいます。

「ノイエはともかく,シンシアさんはものすごく素敵ね!」
「アリーナお前なぁ・・・」
「うそうそ。ノイエもちゃんと似合ってるわよ。あと,やっぱり着やせするよね。肩と腕」
「あーそれはよく言われるかも。・・・そういえば,ありがとな。シンシアまで招待してくれて」
「当たり前じゃない!シンシアさんはノイエの大切な・・・」


おや。ノイエ君慌てだした。


「・・・幼馴染だもの」
「・・・・・・おぅ。幼馴染。うん」


おやおやおや。何とも微妙な空気になりました。
『まだ言ってないのね』と,アリーナさんは視線でそうノイエ君に問いかけています。
シンシアさんが気がついていないはずはないでしょう。それでも彼女は,優しいまなざしでノイエ君を見守っています。



ポポロもいずれ,アリーナさんやシンシアさんみたいな,可愛らしいお嫁さんをもらうことになるのかな。
・・・そんな随分先のことまで想像してしまいます。いやはや,父親ってやつは。
でも,新郎の父親と新婦の父親ではまた,思いも違うでしょうね。
アリーナさんのお父さん・・・国王様は,今日という日をどんなお気持ちでお迎えになっていらっしゃるのか。
今までと変わらずに王城内で暮らすとはいえ・・・感慨深いものがあるでしょうね。



アリーナさんとクリフト君。その横にノイエ君。並んでいる姿を見ると,旅をしていた頃を思い出します。
天空の剣を求めて始まった,私の旅。
いつの間にか,この3人の成長を見守ることこそが,旅の目的になっていた気がします。


もっともっと,幸せに。
そして,共に素敵な大人に。
そのための,今日の晴れの日。


・・・結婚式とは,いいものですねぇ。




「・・・では,わしらは教会に移るとしようかのぅ」

ブライさんが皆を促します。そうですね,そろそろいい時間だ。


「じゃあ,先に向こうで待ってるわよー」
「うん!」
「よろしくお願いします」
「楽しみにしてるな!!」



皆さんの後に続いて,私は最後に部屋を出ます。
振り返ってみました。扉が閉まるまで見送ってくれた,クリフト君とアリーナさんの,その笑顔。


右には,ポポロの小さな手のぬくもり。
左には,ネネの変わらぬ信頼。




・・・あぁ。本当に私は,幸せものだなぁ。




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小さな後書き

保護者ズ代表,トルネコさん。
新郎の父,新婦の父。両方の気持ちをいっぺんに味わったお父さんなのでした。

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