6 .clear sky
背後から朝日を浴びて,巨大なドックはその輪郭を際立たせていた。
昨日に引き続いて,海は凪いでいる。
雲一つない空を,真っ白な海鳥の群れがあたかも雲のごとく舞う。
コナンベリーの朝。よく晴れていた。
両足を揃えて小気味よく着地したノイエは,辺りを見渡して仲間たちがまだ来ていないことを確認すると,へへっと笑った。
「着地成功!しかも俺らが一番乗り!」
「皆さんもっと早いかと思いましたが,意外ですねぇ」
どしりと地面に降り立ったトルネコが,背中の鉄の金庫をよっこらしょと担ぎ直した。
「みんなそれなりに,のんびりしてんのかも。トルネコももうちょっと家に居れたかもな。わりぃ」
「いやいや,一晩ゆっくりできましたし。十分ですよ」
「そうか?・・・お,言ってるそばから誰か来たぞ。
ほらあっち。んー,もうちょい上」
「・・・あぁ本当だ,どなたかな」
「あ!あれ多分ブライのルーラだ,おぉーい」
下から大きく手を振ると,光の球はノイエとトルネコの僅かに手前にぴたりと降り立った。
その中から現れた,3人。
「ノイエ,トルネコ,おはよう!」
「おぅおはよ!」
「おはようございます皆さん。いやぁブライさんさすがですねぇ,すぐ目の前に着地とは」
「こういうのは経験がものをいうんじゃ」
「・・・お,おはようご・・・・・・」
「おわっクリフト,相変わらず顔色すごいぞ」
「大丈夫,もう少ししたらすぐに治るよねクリフト」
「は・・・い・・・」
いつものペース。いつものたわいない会話。
一晩離れていたからこそ余計に感じる,仲間どうしの繋がり。一体感。
「ノイエ,行きたいって言ってたところ,行ってきたの?」
「ああ,まぁな。アリーナはサランでのんびりできたか?ばっちり睡眠とれた?」
「もちろん!」
「朝までクリフトと一緒に?って,冗談じょうだ・・・」
「うん」
「・・・・・・ぅおっ?えっ,な・・・!?」
「ノイエ・・・なにか,勘違い・・・してませんか・・・」
「クリフトに本読んでもらって,お話して,ぐっすり寝たわよ」
「・・・あ?あぁ〜なるほど。いつもと対して変わんないじゃん。びっくりした・・・」
「ほっほっほー。自分からかまをかけておいて,なにを真っ赤になっておるのやら」
ノイエ以外の全員が思わず笑った。青白い顔のクリフトさえも。
「・・・と,とりあえず!他のみんなが来るまで,もうちょっと待ってようぜ」
次にやってきたのはミネアだった。
キメラの翼を使って少し離れたところに到着した彼女は,皆のほうに小走りで近づいてきた。
「おはようミネア!」
「アリーナおはよう。ごめんなさいね,遅くなってしまって・・・。あら,姉さんたちはまだ来てないのね」
どうしてマーニャやライアンと一緒にこなかったのか。と,わざわざ尋ねるものは誰もいなかった。
「ちゃんと休めたか?」
「ええ,ゆっくりできたわ。ペスタとも遊べたし」
「あぁ,あの大きなわんちゃんですね。ポポロくらいだったら背中に乗れそうなほどの」
「わたしもまたペスタと遊びたい!」
「いつでも来てくれていいのよ。・・・あら?あれ,姉さんかしら」
ミネアの視線を皆で追った。
「おぉ,間違いなくマーニャじゃな」
「二日酔いになってないかしら」
「なってたら,着地失敗して地面にめり込んだりするかもなー」
しかしその直後,光は見事に彼らの眼前に降り立ち,地面すれすれで一度ふわりと浮いて,衝撃を相殺した。
「・・・あらら,もうこんなに揃ってるわけ?」
「遅くなってすまない」
マーニャが,ライアンが姿を現す。
「姉さん,飲みすぎてない?」
「残念ながらあんまり飲ませてもらえなかったわよ。・・・ノイエ,めり込むのはあんたくらいでしょ」
「うげっ聞こえちまった?」
「ふふん,こういうのはセンスがものをいうの」
「ブライは経験だって言ってたよ」
「どちらも大事ですじゃ,姫様」
「どうせ俺にはどっちもねぇよ・・・」
誰かが小さな声で笑い出した。それは瞬く間に,全員に広がる。
ノイエは軽く頬を膨らませたが,その後ふぅっと息を吐くと,妙にすっきりした笑顔で自分の首の後ろを二回叩いた。
「・・・なんかもう俺,朝から笑われてばかりだなぁ。
でも,こんなときでも,こうやっていつも通り笑えるみんな,すっげぇ好き」
「あら,そう?」
「おぅ。だから,俺もそうありたい」
ノイエは左後ろを振り返った。どうしても硬くなってしまう表情。
「今,来たんだろ」
「よく気が付いた」
先に声だけがした。
昨夜,闇に融けたのと同じように,ピサロとロザリーは突然その場に出現した。
ピサロはその赤い目で一同を順に見,最後にノイエを見た。
「・・・昨晩は別々に過ごしたようだな」
「別に,お前の言うことを聞いたわけじゃない。俺たちでそう決めた」
「まあいい」
ピサロは視線を外した。ロザリーが心配そうに彼を見上げている。
アリーナとクリフトが,無意識のうちにノイエのほうに一歩近づいた。
「私の魔法で全員運んでやろう。準備ができたら声をかけろ」
ピサロはそれだけ言い放つと,後は勝手にやれとばかりに皆から距離を取り,腕を組んで目を閉じた。
ノイエは再び,皆に向き直った。
「・・・みんな,いけるか?」
長い言葉は,もう要らない。
「もちろんよ」
「はい」
「当然じゃ」
「あぁ」
「やってやろうじゃないの」
「えぇ」
「いつでも大丈夫ですよ」
緊張感と,くつろぎ。その場に満ちている,相反する二つの空気。
「よし。じゃあ,いこうぜ」
「ノイエ」
ピサロに名前を呼ばれ,ノイエは反射的に眉を寄せた。
「なんだよ」
「その格好で乗り込むつもりか」
「あ」
腰にあるのは,天空の剣ではなく,はやぶさの剣。
辛うじて天空の兜だけは頭に乗せているものの,服装はいつもの格好だった。
「あ,ははっ,ははは・・・!!」
「そういえばあんた,『鎧と盾は明日取りにくる』って言ってたわねぇ・・・」
「ノイエ,ぼけぼけー」
「ちょっ,ちょっと待て!確かにうっかりしてたけど,お前らも気付けよ!!」
「すみません,全然気が付きませんでした・・・」
「おぬしが謝る必要はないと思うがのぅ〜」
「なんだかさらにいい感じで力が抜けましたねぇ」
「とりあえずすぐに剣と鎧と盾身に付けてくるから!もうちょい待っててくれ!」
「早くしなさいよ〜」
皆に背を向けて,ドックへと急ぐノイエ。離れて佇んでいたピサロの横を通る時,低い声で問われた。
「・・・わざとか?」
「だったらすごいけどなぁ」
歩調を緩めたノイエは,にやりと笑った後,ピサロに向かってべーっと舌を出した。
そして一気に速度を上げて走り去る。
思わず憮然とした表情になったピサロを見て,ロザリーがくすくすと笑った。
ピサロはふんと鼻を鳴らし,僅かに口角を上げた。
「意外と食えぬ奴だ」
「マスタードラゴンも,上から見てるのかな?」
ノイエの姿がドックに消えた後,小さくそう呟いたアリーナに,マーニャは振り返って返事をした。
「これだけ天気がよければ,さぞかし見やすいことでしょうよ」
「うん,そうね。人間の強さ,ちゃんと見届けてもらわないとね!」
世界の全てが,彼らの背を押していた。
温かな光を注ぐ太陽も,揺るがぬ大地も,穏やかな海も,今は見えない星たちも。
空は相変わらず,どこまでも晴れていた。
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小さな後書き
凪ぎの海から晴れた空までの一晩を,ゆっくりと追ってみました。
それぞれの夜,いかがでしたでしょうか?読んでくださったあなたの心に,
なにか少しでも残せたのならうれしいです。
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