すべては薄明のなかで
「届いて。お願い,誰か・・・・・・!」
祈り,願いという形を装って。
恐ろしく綺麗なふりをしてこちらに襲い掛かる利己的なその叫びは,皆をたたき起こすのに十分な力を持っていた。
「・・・っ!」
クリフトは上掛けを払って上半身を起こした。
目に入ってきたのは,眠りにつく前と同じ光景。まだ暗いイムルの宿の一室だった。
あまりにリアルな色彩と音と感情の波に,一瞬現実との境が曖昧になったが,やはり間違いない。
今見たもの,感じたものは確かに,夢だったのだ。
額に手をやる。汗がすごい。早鐘のような鼓動がおさまらない。
意味もなく泣きそうになるのを必死で堪えた。
・・・なんて夢なんだ。感情ごと持っていかれそうになった。
エルフの女性にピサロと呼ばれていたあの男・・・デスピサロ?あいつが・・・。
「う・・・ぁ,あ」
右隣りのベッドからうめき声がした。同室のノイエが,身体を起こして頭を抱えたままうずくまっていた。
クリフトは慌てて傍に駆け寄った。もしノイエも,同じ夢を見たのだとしたら。
「ノイエ・・・?大丈・・・」
「・・・うわあああぁああぁあ!!!」
「ノイエっ?!」
突然叫びだしたノイエの背中を,クリフトは強くさすった。
が,声は止まない。目は開いていても何も見ていない。
「ああああああーーー!」
「ノイエ,ノイエしっかりして!ノイエ!ノイエーっ!!」
肩を揺する。大声で名を呼ぶ。
申し訳ないと思いつつクリフトはノイエの頬を叩いた。それでも駄目。
クリフト自身も動揺しているせいか,学んだはずの対処法がどうしても思い出せない。
こんなときのために蓄えた医学の知識だというのに,これではまるで役に立たないではないか。
自分の不甲斐なさを情けなく思いつつ,クリフトはただひたすら,両肩をつかんで激しく揺さぶり続け,名を呼び続けた。
そのうちに,叫び声に驚いた皆が,慌てた様子で次々に駆け込んできた。
「一体どうし・・・ノイエっ?」
「ノイエ殿!」
「夢です,夢のせいでノイエが・・・ノイエ!気付いて!みんなここにいますよ!!」
「あ,あぁ,うあーーー・・・ぁああ!!!」
「しっかりしてノイエ君!」
「あ,あたし水汲んでくるから!」
「嫌ぁっノイエ!落ち着いて,お願い!!」
「っあーーーーーー!」
皆の必死の呼びかけにも反応しない。
魂をすり減らして声に換えて,叫んで,叫んで。
・・・その声が嗄れてろくに出なくなっても,ノイエはまだ叫び続けた。
それは唐突だった。
ろうそくの明かりのみの薄暗い部屋を,突然静寂が支配した。
皆,ぴたりと動きを止めた。ノイエを見守る7つの視線。
頭を抱えていた手が,くたりとベッドに落ちる。
苦しげな息が徐々に落ち着いていく。
顔を上げた。力ない瞳が,それでもなんとか仲間たちの顔を映し出す。
マーニャがそっと水の入ったコップを差し出すと,機械的に受け取って一口飲んだ。
軽くむせる。クリフトがまた背中をさする。
「・・・・・・ごめん」
かすれてしまった声で。ノイエはようやく意味のある言葉を口にした。
「少し,落ち着いた・・・?」
「ああ。・・・・・・でも」
いつもの話し方とは似ても似つかない,ぼそぼそした頼りない呟き。
「・・・わりぃ。しばらく,独りになりたい」
搾り出したようなその笑顔は危うすぎた。
ノイエを一人,部屋に残して,一同は食堂にやってきた。
隅の大きなテーブルにつく。置いてあったランプにマーニャが指先で灯を点した。
皆の疲れた顔が浮かび上がった。
朝日はまだ姿を見せない。夜明けまでは一刻以上間があった。
つい先ほどから,宿の老夫婦が厨房で朝食の仕込みを始めたばかりだ。他の宿泊客はいない。
そもそも奇妙な夢の噂が広まってからは,ほとんど客がこなくなってしまったらしい。
ミネアが全員分の水を汲んで,それぞれの前に置いた。
が,誰一人口をつける様子はなかった。
「・・・独りに,なりたがるなんて」
クリフトは左手で顔を覆って俯いたまま,小さく首を振った。
部屋を出た直後から,涙が止めどなく溢れてどうにもならない。ノイエの感情をもろに受けて同化してしまったせいだ。
ブライは皺の刻まれたその手で,先ほどクリフトがノイエにしていたように背中をさすってやった。
トルネコは目頭を押さえた。
「ノイエ君・・・。いつもみんなと一緒に居たがるのに」
「それくらい,動揺しとるんじゃろうな・・・。思ってもない場所で,仇の姿をもろに見てしもうたせいで」
「でも,まさかあいつが夢に出てくるなんて」
アリーナの声にこもる激しい憎悪の色。
「そのような輩でも,愛するものはいるのだな」
「・・・あれは本当に愛って言えるのかしら」
「姉さん?」
「エルフの子のほうだってそう」
マーニャの抑えた声。ランプの灯がだんだん強くなって,大きく揺れ出した。
ライアンがその肩を軽く叩く。炎はすぐに,何事もなかったかのように元へと戻った。
「愛しているのなら,引きずり倒してでも自力で止めればいい。
必死に前向きに生きてるノイエを巻き込んで,壊して。一体何様のつもりよ・・・!」
ここまでなんとか,その強い精神力で肯定的に進んできたノイエ。
アリーナは自分の服の,脇の部分を掴んで,強く握り締めた。
「・・・わたし,行ってくる」
「えっ」
「やっぱり今,絶対一人にしちゃいけない気がする」
「でしたら,私が・・・」
「駄目。まずはクリフトも落ち着いて」
「ですが」
「わたしでどうにもならなかったら,呼びにくるから。
・・・そのときはお願い」
決して命令形ではないのに,逆らう余地は残さない確固たる響きがアリーナの声にはあった。

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小さな後書き
宿敵の恋人に,宿敵のしていることを止めてくれと訴えられ。
それでも,笑うことしかできない彼。
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