特訓日和

・・・・・・勇者よ,目覚めるがよい・・・・・・





腹の底に直接響いてくる,圧倒的な質量を持つその声に,ノイエは重すぎる瞼を無理矢理開かされた。
真上に,クリフトとミネアの切羽詰った顔が見えた。


「ノイエ!」
「気が付いたのね!」

「・・・・・・え・・・」



自分はなぜ,倒れていたのだろう。

わけが分からないまま,ノイエはそれでも上体を起こした。他の仲間たちもすぐ傍にいた。
アリーナがノイエの鎧の右の肩当てをきゅっと掴む。トルネコの手が背中に添えられる。

「ノイエだけなかなか目を覚まさないから,心配したのよ!」
「よかった,ノイエ君・・・。どこか痛むところはないですか?」
「え,あ・・・あぁ,大丈夫・・・」

「危ないところだった」

再び,力のある声が間近に聞こえた。はっとなって顔を右に向ける。
小山ほどもある金の竜が,そこに佇んでいた。


「マスタードラゴン・・・!
 ってことは,ここ,天空城か・・・」


あたりを見回してみる。不思議な色の石で出来た床と,凝った柱の装飾。なによりその奥に広がる,夕暮れ時の雲の海。
確かにここは,雲上の城。竜の神の住まいだった。


「ノイエよ。時間は失われたが,記憶までは奪われていないはずだ」


その言葉の意味が分からなかった。助けを求めるように,ノイエは仲間たちを見た。
ブライの静かなまなざし。マーニャの燃える瞳。
ライアンの何かを押さえ込んでいるような表情。
分からない。自分が倒れる前に,いったい何があったというのか。
ノイエは混乱した。無意識のうちに左耳のピアスをいじる。

とりあえず,自分自身の状態を確認する。
怪我はない。軽い頭痛はするが,たいしたことはない。
頭には,天空の兜。腰には天空の剣。
普段は身に着けることのない天空の鎧も,しっかり装備している。
自分のすぐ左横に天空の盾が置いてあった。ノイエはゆっくりと手を伸ばす。

表面の緑と金の装飾に触れたとたん,がつんと頭が揺さぶられた気がした。首の後ろを強く打たれた時のような衝撃が走った。


「・・・・・・思い,出した・・・っ・・・」








死の名を冠した城。その奥深く。
溶岩の海の中にかろうじて存在する一枚岩。その上での壮絶な戦い。


幾度剣で切りつけ,幾度魔法を放っただろう。
幾度鉤爪で引き裂かれ,幾度炎に焼かれただろう。
再生する手足。身を守るさまざまな魔法をすべて引き剥がす凍てつく波動。
追いつかない回復。奪われていく体力。倒れていく仲間。


地面に叩きつけられる。
天空の盾が腕から離れる。
腰の小物入れが外れて宙を舞う。
銀の笛。財布。飴玉。薬草。木炭。

妙に澄んだ,何かが割れる音。
散らばる光の粒子。
伸びる景色。揺らぐ時間。



・・・そして,激しい眠気に似た強烈な感覚。

抗いきれなかった。ノイエは意識を手放した。








「そうか,俺・・・」
「お前たちはデスピサロと戦い,危うく全滅しかけたのだ」


突きつけられたその事実。
先ほどから続いていた頭痛が突然激しくなった。思わず頭を抱え込む。


「っ・・・」
「ノイエ」
「・・・・・・大丈夫だ。さんきゅ,クリフト」

首の静脈の上に添えられた友の手を,ノイエはそっと除けた。
こめかみを押さえたままゆっくりと立ち上がり,竜の神を見上げる。


「・・・闇の世界で戦っていた俺たちが,どうしてここにいるんだ?しかも無傷で」
「時の砂の力だ。私も多少,手を貸したがな」
「時の,砂・・・?」
「前に,あの滝だらけの洞窟で手に入れた,砂時計みたいなやつ?」

マーニャのその言葉に,トルネコがあっと声を上げた。

「そうですよ!あれが時の砂です。ほんのわずかですが,時間を遡らせることができるという」
「そうか。あのとき割れちまったのって,それだったのか・・・」



ガラスの中に閉じ込められた,淡い光を発する細かな砂。
変わった細工に惹かれ,ノイエはベルトに括り付けてある小物入れにそれを入れていたのだ。



「・・・器が割れ,すべての砂がいちどきに開放されてしまった。
 もしもそのまま放っておいたら,お前たちはかなりの時間を遡ってしまっていただろう」
「それを,あんたが拾い上げてくれたってことか」
「そうだ」



うつむき,拳を握り締めるノイエ。すぐ傍にいたクリフトは,その腕がぶるぶると震えていることに気がついた。
ノイエはきっと顔を上げると,正面からマスタードラゴンを睨みつけた。


「・・・・・・そんな,そんな力があるのなら!あんたが,自分で・・・!!」
「・・・神とて万能ではない。お前たちが思っているほど,この私とて絶対の者ではないのだ」
「・・・・・・」

「二つ,方法がある」


竜の神は,その巨大な尾の先を軽く床に打ち付けた。
それだけで,皆の足先が軽く浮いた。


「ひとつは,邪悪なる者を打ち倒せるよう,今以上に強くなること」
「それ以外になにがあるっていうの」

アリーナが発したもっともな問いを受け,マスタードラゴンはすぐに言葉を続けた。


「・・・そしてもうひとつは,憎しみに凍てついた彼の者の心を溶かすことだ。
 ゴットサイドへ向かうがよい。そこでお前たちは,新たな強さと僅かな弱さを手に入れることになるだろう」




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小さな後書き

勇者よ,目覚めなさい。
時には残酷な言葉です。

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