軽く会釈をしてから,村長は祭りの準備をする村人達の輪の中に戻っていった。

「いい感じの人だったね」
「だな。・・・じゃあとりあえず,花束買ってみようぜ!説明は花屋でしてもらえるらしいし」




一行は村の入口近くにあった花屋に向かった。
店の前に辿り着いたところで,後ろから声をかけられた。

「おぉーい!!」
「・・・あ!さっきの!」

街道からやってきたのは,さきほど畑で出合った若者だった。大量の桶が積まれた台車を押している。桶に入っているのはもちろん,色とりどりのチューリップだ。

「祭りに参加してくれるんだな!ありがとう。
 この花屋,うちの実家なんだよ。ちょっと待っててくれ,すぐに準備するから」



若者は,両親や兄弟と共に八つの花束を手早く作りながら,祭りの説明をした。

「まずは,一人ひとつずつ花束を用意する。
 その中から花を一本選んで,お互いに交換しあうんだ。いつもありがとうって気持ちを込めながらね。
 旅人さん達みたいに初めて会う人には,素敵な出会いに感謝しながら!」
「へえぇ〜!」
「そして夜が明ける頃,手元に残るのは,みんなの『ありがとう』がぎっしり詰まった花束ってわけさ」
「それは素晴らしい!いやぁ素敵なお祭りですねぇ」
「ありがとう。この祭りは村の自慢なんだ。・・・あぁそうだ,村のみんなは夜通し交換し続けるけど,
 お客さんたちは無理せずに途中で休んでもらっていいから」
「おぅ分かった!でも俺は朝までやる!」
「わたしも!」
「言うと思ったわ・・・」

マーニャが大げさに肩をすくめる横で,ブライがほっほっほと笑った。

「まあ,疲れた者から宿に戻ればよいじゃろう」
「そうですね。・・・姉さん,だからって調子に乗って遊びまわらないでね」
「はーいはい。ちゃんと戻ってくるわよ」
「さぁ,できた!」


作業台の上に,リボンで結わえられたシンプルな花束が8つ並んだ。
机の側にいたクリフトとライアンが四つずつ受け取り,皆に配っていく。


「どうぞ,姫様」
「ありがとう。じゃあ早速クリフトに一本あげる!」
「えぇ。ありがとうございます」

アリーナは受け取ったばかりの花束から赤い班入りのバラを抜き,クリフトに渡した。

「あらあらあら。これが手渡しじゃなくて胸ポケットだったら,まるでプロポーズじゃない?」
「残念でしたー。サントハイムにはその習慣はないもん」
「王族や貴族はしませんが,街の人々は他の国を真似て行うそうですよ」
「そうなんだ!」

クリフトは普段と変わらない微笑みを浮かべたまま,アリーナに花を一本返した。

「残念,いじりがいがないわ」
「なぁなぁ。これがプロポーズって,どういうことだ・・・?」
「あら?あんた知らないのね。まず,男のほうから女に花束を渡すのよ。
 で,女がそこから一本抜いて男の胸ポケットに返したら,それは結婚の申し込みを承諾したってことよ」
「まじ,で・・・っ!?」
「あーら耳の先まで赤くなっちゃって。話聞いただけで照れちゃうなんてかわいいわねぇ」
「えっ? や,ちがっ・・・」
「ノイエ,この緑色のチューリップあげる!なんだかノイエっぽいし」
「お?おぅありがと!・・・んーと, じゃあアリーナにはこの色かな」


マーニャのからかうような視線から逃れたノイエは,オレンジ色のチューリップを抜いてアリーナに渡した。
それを機に,では私たちも・・・と,八人全員が花を交換し合う。
花屋の若者は別の花束を作りながら,その様子を嬉しそうに見ていた。


「そうそう,そうやって次々と交換していくうちに,花束に個性が出てくる。
 『人から見た自分のイメージの花』と『自分が好きな花』が手元に残っていくんだ」
「なるほどねぇ。面白いじゃない」
「明日の朝,皆さんの花束を見るのが楽しみですね」
「よーっし! じゃあ祭り,めいっぱい楽しもうぜ!!」






花束を持って再び広間に戻ると,一行はすぐ,村人達に囲まれた。
ようこそ。いらっしゃい。よくきてくれたね。ありがとう。楽しんでいってください。
感謝の言葉を添えて,次々と差し出される花たち。
香り豊かで果実味溢れる赤と白のワイン。
きのことチーズをふんだんに使った熱々のパイ。
初めて見る,両手に収まりきらないほど巨大な柑橘系の果物。

八人は花を交換し,杯を交わし,舌と上顎を火傷させ,奥歯のさらに奥がきゅうっとなるほどのすっぱさを味わった。
しらふ,ほろ酔い,足元が怪しい,泥酔,眠りこける。さまざまな状態の村人達。みな笑顔だ。


奏でられるにぎやかな音楽。ノイエに促され,アリーナはクリフトの手を無理やり取って踊りの輪の中に混ざる。
満面の笑みを浮かべながらクリフトを振り回すアリーナ。周囲の村人達が指笛を鳴らして囃し立てる。
それでも何とか踊っているように見せようと努力しているクリフトも楽しそうだ。
ノイエは踊りの輪のほうではなく,楽器の演奏者たちの中にちゃっかり混ざり込んで笛を吹く。
気がつけばブライとミネアまで手を取りくるくる回っている。
それを見たマーニャは,じいさん明日は腰痛悪化決定ねと笑いながらため息をつき,ライアン,トルネコと共にワインのおかわりを貰って乾杯しなおした。



日が暮れ始めると,すぐに村のそこかしこに灯りがともされた。
橙色に染まる村。すべての街灯に括り付けられた花飾りがほんのりと浮かび上がる。
家々の窓は,カーテン越しの柔らかい光に彩られる。

まるで村全体が仄かな光を放っているようだった。
昼とはまた違う村の魅力が引き出される。皆素直に感動し,この日この場所に居る偶然を心から喜んだ。







「・・・おぉ,さすがにしんどくなってきたわい。わしはそろそろ戻るとしようかの」

ブライが腰を右手でたたきながらそう言ったのがきっかけだった。
一通りはしゃぎ終わり,テーブルを囲んでワインや茶をちびちびと飲んでいた皆は,そろって杯を置く。

「そうですね。ぼちぼち休んでおかないと明日に響くかなぁ」
「あたしも一旦戻って,また夜中に出直そうかしらね」
「おぅ,このあたりで解散だな。俺はもうちょっと村うろつきたいなー。クリフト,アリーナ,行く?」
「えぇ」「うん!」
「ほんと,元気ねぇ。じゃああたしたちは宿に戻ってるから。三人で楽しんでらっしゃいな」
「おう!」







初めての街や村に着いたら,クリフト,アリーナ,ノイエは必ず三人で歩く時間を持つ。
目的はさまざまだ。食料の買出し,薬草の補充,観光,食べ歩き,ただの散歩。
用事をこなすというより,さまざまな理由をつけて三人で行動する時間を作っているのだった。


「なぁなぁ,後でまたちょっとだけワイン貰ってきてもいいか」
「えぇ,でもあと一杯までですよ?」
「明日も晴れるかなー」
「今日の雲と風だったら,明日も大丈夫だと思うぞ」


宿に着く。剣を置き,鎧を脱ぐ。
そして同い年の友とたわいない話をしながら歩く。
ただの十代の若者として過ごす大切な時間。
それが今日のような祭りの日に持てるのだったら,もう言うことはない。


「あのパイ,おいしかったよね」
「はい。今度作ってみたくなりました」
「おぉやった!きのこ沢山手に入ったら焼いてくれな〜」



村を歩く間も,すれ違う村人達から花を差し出される。
中にはやや頬を染め,恥らいながら花を渡しに来る少女達も少なくない。

「ありがと! じゃあこれ,お返しな。いい祭りの夜を!
 ・・・・・・おわ,出し入れしすぎてだんだんリボン緩んできた。結び直すか」
「ノイエずっと大人気ね。若い子からお姉さんまで」
「へへへ! だろー?」
「まあでも観光客だから特別扱いなのかな」
「持ち上げといて落とすなよ・・・」
「でもクリフトはあんまり女の人から花もらえないね。たまに,『よろしければ神官様も・・・』ってくらいで」
「そりゃあお前・・・」


続きをノイエはぐっと飲み込む。
これは祭りだ。誰と花を交換するのも自由だ。
だが,横にアリーナがぴったりとくっついていたら,少なくとも若い女性達は花を渡しづらいだろう。
視線は明らかにクリフトを追っているのに,花を渡しにこない少女を何人見たことか。逆に,アリーナに渡したそうにしている男性達も多く見かけた。
自分への花がやたら多いのは,二人の数歩先を一人で歩いているから気軽に渡せるだけなのだろう。
人のことには敏感,自分のことには鈍感な彼だった。




一番大きな通りを村の端まで歩き終えた三人は,脇道へと反れる。
細い路地まで花に溢れていた。こちらは祭り用の装飾ではなく,日常的に飾られているものだろう。


路地の先に人影があった。
若い男性と女性。漂う緊張感。
近づいてはいけない。三人ともとっさにそう理解し,身を翻して建物の影に隠れた。
そしてそろそろと,顔だけを覗かせる。下からアリーナ,ノイエ。覗き見はよくないと思いつつ,クリフトも好奇心に負けてその上に顔を並べた。



男性から女性に手渡される花束。
一本ではない。花束ごとだった。
女性はそれを受け取り,しばらく男性を見つめていたが,やがて花束から花を一本抜いた。
返した先は,男性の胸ポケット。



「・・・見たか?」
「見た!」
「見ました」
「見ちまったな! おめでと・・・っ!」
「お幸せにね!」
「おめでとうございます」

寄り添い歩く恋人たちに遠慮し,三人は届かない程度の小さな声で祝福をおくった。




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小さな後書き

祭りの夜は,幸せな夜です。

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