傾く背中に手を伸ばした。でも間に合わなかった。
激しい既視感に襲われる。あのとき目の前に広がったのは赤い血。
でも今,彼の身体から零れ落ちているものは多分もっと危険な何か。そう感じた。
「クリフトっ!?」
「クリフト!!」
倒れた彼を抱えて頭を起こす。ブライもすぐに駆け寄って屈んだ。
どうして今まで気がつかなかったんだろう。色白なクリフト。でも,いくらなんでもここまで白いはずがない。
「クリフト! ねぇどうしたの,クリフト!!」
声をかけても返事をしない。反応がない。
軽く揺さぶる。頭がただがくがくと揺れるだけ。
町の人たちが集まってくる。ブライが医者はいないかと尋ねている。
そう,クリフトはミントスの町に着いた途端に,倒れた。
町の人たちは親切だった。体格のいい男の人がクリフトを担いで宿まで連れてってくれて,その奥さんが宿の主人に事情を説明してくれた。
クリフトがベッドに寝かされる頃にはもう,別の人が呼びに行ってくれた医者が扉をノックしていた。
「…毒におかされています」
「え??」「なんじゃと?」
白髪の医者の診断結果を,すぐには受け入れられなかった。
「毒? えっ,でもクリフト,解毒の呪文が使えるのに」
「魔物に食らった毒も,キアリーですぐに解毒しておったが…」
「こちらの神官様は最近,蜂に刺されませんでしたか」
蜂!!
「刺されたわ! コナンベリーの手前で!」
「もう十日にもなるかの,金色の蜂に首をぶっすりやられましたわい」
「十日! なんと…」
おそらく自分自身に解毒の呪文をかけ続けていたのだろうと,医者はそう言った後,うつむいた。
「残念ながらこの毒は…。今こうして保っていること自体が,すでに奇跡です」
後の言葉は耳に入ってこなかった。
奇跡? 今生きてるだけで奇跡と,この医者は言った?
クリフトは蜂に刺されただけなのに。どうしてそれが死につながるの。
誓ってくれたのに。無理をしない,大怪我をしない,生きてわたしの傍にいるって。
わたしもクリフトを守るって約束したのに。
医者とブライがなにか話をしていた。でも聞こえない。
音が消えた部屋の中,わたしはベッドの上で静かに眠るクリフトをただ見ていた。
その唇が,僅かに動いた気がした。
「……パデキア,を」
こんなときでもきれいなクリフトの声。世界に音が戻る。
「クリフト!」
「気がついたか!」
ゆっくりと目が開いた。こっちを見てくれた。
目が合うと,ほんの少しだけ笑ってくれる。
「すみません…。ご迷惑を…」
「いいのよ! いいから休ん」「ソレッタに」
青い目に宿る理知的な光。クリフトはきっと知っているんだ,自分を治す方法を。
「ソレッタの…パデキア,を」
「パデ…キア?」
「薬草の類か?」
「はい。その,根,…を……,」
言葉が途切れる。目の力が消える。青い目は再び閉じられてしまった。
でも,生きてる。
クリフトは生きている!
「パデキアの根,確かにあれなら…」
「おお,何かご存知か?」
「あらゆる病を治すといわれる薬です。ここから街道を東に進んだ先の,ソレッタの名産品なのですが」
ふう,と医師がため息を漏らした。
「…近年不作が続いているそうで,このミントスにすら入ってきません」
「なんとしたことじゃ…」
「ですが,ソレッタまで行けばあるいは」
「わたし,行ってくる」
ブライがはっと顔を上げてわたしを見た。
「ブライはここで,クリフトの傍についててあげて」
「ですが」
「大丈夫よ,村まで行くだけだもの。ちゃんとキメラの翼を持って行くから。すぐに帰ってくるわ」
膝立ちになって,眠るクリフトの傍に寄った。
真っ白な頬。静かな呼吸。
クリフトは今,戦っているんだ。
「…パデキア,必ず持ってくるから」
わたしも戦う。待ってて,クリフト。
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小さな後書き
アリーナの戦いも始まりました。
遠く離れながらの共闘です。
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