わたしのお父様は,小柄。
それでも王座に座り,家臣の報告を聞いているときなんかは,しっかりと「王様」だった。
頷くタイミング。目の力。指示するときの声の質。
自然体のままなのに,威厳に満ちていた。
けれど今わたしの目の前にいる人からは,落ち着きだとか,雰囲気だとか,そういった類のものが一切感じられない。
土に汚れた肌,ぼろぼろの作業着。右手には鍬。首にはタオル。疲れ果てた表情。
なのに王冠はちゃんと頭に乗せているのがとてもちぐはぐで,しかも落ちないように紐でくくりつけて顎の下で結んである。
「わざわざ産地まで訪ねてきてくれたのに申し訳ないが,」
ため息交じりの声で,この国の王は言う。続きは聞きたくない。
「パデキアはもう…,ない」
小高い丘を登りきってその先を見たとき,目に飛び込んできたのはどこまでも広がる農地だった。
ここがソレッタ,そしてこれはきっとパデキアの畑。そう思って飛び上がってしまったのが,今となってはものすごく悲しい。
そこに植えてあったのは,よく知った,見覚えのある野菜だった。
「…にんじん!?」
「あぁ,そうだともさ」
屈んで作業をしていたおじさんが,土を掘っていた手を止めて腰を上げた。
背中に担いだカゴには,葉がついたままのにんじんがみっちり詰まっていて,オレンジと緑のパッチワークみたいになっている。重そう。
「あの…,ここはソレッタよね。なのに,にんじんなの?」
「そうだよ。あぁ嬢ちゃん,もしかしてパデキアを探しにきたのかい?」
頷くと,おじさんはやっぱりそうかぁとつぶやきながらカゴを地面に下ろす。
「残念だが,パデキアは五年前の干ばつで」
「え?」
「全滅しちまった」
「どういう,こと?」
「一本残らず枯れちまったってことさ。だから今は普通の野菜を育てるしかなくてなぁ」
「…もう,ないってこと?」
「そうだ」
うそ。
ミントスを出る前に見た,真っ白なクリフトの寝顔が浮かんだ。
どうしよう,いつものあの優しい笑顔が思い出せない。
おじさんは首をごきごきと鳴らすと,よっこらしょとカゴを担ぎなおした。
カゴの形に丸くめり込んだ地面を見つめる。やわらかで空気を含んだ土。
詳しいことは分からないけれど,きっととてもいい土。
でもそこにパデキアはただのひとつも植えられていないんだ。
脱力感に襲われた。へたたりこみそうになったけれど,なんとか耐えた。
足元のにんじんをつぶしてはいけない。にんじんに罪はない。
「そういえば」
うつむいたわたしの上から,おじさんの声が降ってきた。
「こんな時のために,パデキアの種をどこかに保存してあるって聞いた気がするんだが」
「ええっ!?」
「いやぁでも,やっぱりただのうわさだったんだろうなぁ…。
そんなものがあるならもうとっくにパデキアは復活してるだろうし」
「その話,詳しく知ってる人はいない?」
「あ? あぁそれならあそこの,ほら,あっちの奥の畑にいらっしゃる…」
示された方向を見る。鍬を振りかざして地面を耕す男の人がいた。
「…王様に聞くのが一番いい」
「……おうさま?」
「そう,このソレッタの王様だ」
尋ねた結果がこれだった。ソレッタ王の口から,パデキアはないと断言されてしまった。
「でも,種があると聞いたんです」
「ああ…。種,か。あるにはある」
「じゃあどうして!」
「ここから南,氷に閉ざされた洞窟の中に,パデキアの種が保管してある。だが…」
眉間にぐっと皺がよる。
「今では魔物の巣窟と化してしまった。今までに何人か,腕に覚えのあるものが洞窟に向かったが,帰ってきたものはおらぬ。
パデキアの種を守るために仕掛けられた,危険な罠も多くあるのだ」
ソレッタ王の後ろに控える,鋤を持ったおじいさんが,無言のままうつむいて丸眼鏡のふちに触れる。もしかしたらこの国の大臣なのかもしれない。
「私はこうして共に畑を耕すことしかできぬ」
表情は変わらない。けれど,握りこんだ右の拳が震えていた。
…ああ,この人はやっぱり,「王様」だったんだ。
ただ,諦めるのが早すぎた。
「わたしが,」
言葉が自然と口をついて出る。
「種を取ってきます」
「! それは」
「洞窟の場所を教えてください」
「だが」
「大切な人の命がかかっているんです」
頭の中に,クリフトの笑顔が戻ってきてくれた。大丈夫。きっと大丈夫。
「わたしは諦めません」
彼の命を諦めることなんてしない。
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小さな後書き
諦めたらそこで終わり。わたしもそう思います。
語り手は再びクリフトに移ります。
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