「うわ…!」


思わず声がもれた。
『氷に閉ざされた洞窟』。そうは聞いていたけれど,実際に中に入ってみて,驚いた。
青い氷が,床を,壁を,天井を,すべてを覆っている。
入り口や,天井の小さな穴から入る光が反射して,きらきらとまぶしい。

そして当然のことだけど,寒い。外は温かいのにどうしてなんだろう。ブライがいたら答えを教えてくれたかもしれない。
とりあえずマントを前で軽く留めて身体を覆った。寒さには強いから,これで十分耐えられる。


…魔物の気配がする。やっぱり,いるんだ。しかもたくさん。
両手の指を組み合わせて,手袋をしっかりと押し込んだ。
かかってきなさい。絶対に負けない!






イエティやマージマタンゴ。それから名前は分からないけど,さまようよろいの色違いや,火を吐くトカゲ。
次々と襲い掛かってくる魔物たちを倒しながら,奥へ,下へと進んだ。
パデキアの種は,洞窟の一番奥にあるとソレッタ王は言っていた。地図もないから,ひたすら深く潜って種を捜すしかない。


階段を降りる足が重く感じた。
長い時間寒いところにいるせいなのもしれない。

薬草はたくさん用意してきたけれど,残りの量が怪しくなってきている。
キメラの翼も買っておいた。でも帰るときは,洞窟の外までは自力で辿り着かないといけない。
クリフトはいない。回復呪文はかけてもらえない。
ブライもいない。脱出呪文も当然使えない。



足だけでなく,手の指先も冷えてきた。
いったん手袋を取って両手をこすり合わせた。手を握ったり開いたりを繰り返すうちに,だんだん温まってくるのが分かる。
倒れたクリフトを抱え起こしたとき,触れた首筋は多分もっと冷たかった。

旅に出たばかりの頃のことを思い出した。
わたしを庇って大怪我をしたクリフト。あの時は咄嗟の回復魔法と,十分な休養と栄養のおかげで,幸いにもすぐに元気になってくれた。
身体を起こして食事をする。そんな当たり前のことが,今のクリフトにはできない。

早く温めてあげないといけない。そのためにはどうしてもパデキアがいる。
手袋をはめ直して,階段を下りきったわたしが見たものは,床一面を覆う,矢印が描かれたタイルだった。







「なんなのよこれーーーっ!!」

誰も聞いてないと分かっていても,つい叫んでしまった。
ちょっとでもタイルを踏んでしまったら,そのまますごい速さで矢印の方向に連れていかれてしまう。
最初はタイルを踏まないように気をつけていたけれど,そうするともうこの先,どこにも進めないことに気がついた。

「…つまりこのタイルのうちのどれかは,パデキアのところに繋がっているってことよね?」

いるはずもないクリフトとブライにうっかり尋ねてしまった。氷が音を跳ね返すのか,残響がなかなか消えないから余計に悲しい。
自分だけで,ひとりで,正しい道を見つけるしかないんだ。


こうなったらもう,乗っていないタイルに片っ端から乗ってみよう。そう考えて,正面にあるタイルに右足を乗せ,身体がぐんと前に引っ張られた,その直後だった。




「…ぁ  …ぁぁああぁうああーーーー!!!」



声!!?


真正面から聞こえてきたのは,間違いなく人の声だった。わたしの他にもこの洞窟に入っている人がいるんだ!
遠くに小さく姿が見えて,あっという間に大きくなる。わたしが乗っているタイルのすぐ横の,逆方向に向かうタイルに乗っているみたい。

何人かいるみたいだった。先頭は髪も服も緑の男の子。叫び声の主だった。
その後ろにはふっくらしたおじさんと,褐色の肌のお姉さんと,……えっ!?



「姫様!!」
「ブライ!?」



すれ違いざまに振り返って確認した。やっぱりブライだ!
どうしてここにいるの? クリフトは? その人たちは誰?? いろいろ聞きたいのに,わたしもブライも今は止まることができない。
あっという間に遠ざかって,わたしがタイルから外れたときにはもう,ブライたちは見えなくなってしまっていた。


ブライがここにいる。ということは,クリフトの看病は別の誰かにお願いしてきたんだろう。
もうわたしを待っていられないくらいに,クリフトは危険な状態なのかもしれない。
心がきゅっと絞られて冷えていく。急がないと。早くパデキアを届けないと。


「どうしよう…」


ブライたちを捜して合流したほうがいいのか。それともこのまま一人でパデキアの種を捜したほうがいいのか。
もしかしたら向こうもわたしを捜しているかもしれないし。どうすればいいんだろう。




『このまま,上に進みましょう』




突然,クリフトのその言葉が蘇る。
そうだ,さえずりの塔でブライとはぐれてしまった,あの時の。
ブライはサントハイムで待っていた。わたしとクリフトならきっと無事に帰ってこれるだろうと,信じてくれた。


分かったわブライ。わたしはこのまま進む。パデキアの種を探す。
ミントスで会おうね。








タイルに乗っては戻され,乗っては戻されを嫌になるほど繰り返して,ついに見つけた。
向かう先が落とし穴になっていて思わず悲鳴を上げたけれど,落ちた先にはなんと,大きな宝箱があった。
きっとこれがパデキアの種!そう思って重い蓋を開けたら,そこにあったのは紙切れ1枚だった。
ただし見慣れた字で短い文が書いてある。




『では,ミントスで』





「…先,越されちゃったわね」



ちょっと悔しいけど,うれしくもある。予想が当たった。
わたしなら一人でも洞窟から出られると,ブライは信じてくれているんだ。

ブライなら脱出魔法が使える。今頃もう,ミントスに着いているかもしれない。
クリフトはきっと助かる!

メモを取り出して宝箱の蓋を再び閉じた。わたしも早く戻ろう。
まずは洞窟の出口まで戻る。そこからはキメラの翼だ。


いつの間にか自分が少し笑っているのに気がついた。
疲れは感じない。この洞窟に入る前よりも気力が充実している。


帽子を取って頭を振り,もう一度かぶりなおした。
マントの止め方をいつもと同じように戻す。

上に登る階段は目の前にあった。



「待ってて,クリフト!!」




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小さな後書き

たとえひとりでいても,そこには必ず仲間の力が共にあるのです。
さあ,いざ,ミントスへ!

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