「・・・お父様ぁ!!」


玉座の上に父王の姿を認めたアリーナは,思わず叫んで残りの階段を一気に駆け上がった。
突然耳に飛び込んできた娘の声に,サントハイム王ロウラントは弾かれたように顔を上げた。


「お父様!」
「・・・・・・」


アリーナ。そう唇が動く。
しかし,声が発せられることはなかった。

王の声が突然出なくなった。兵士から事前に聞いてはいたものの,こうして目の当たりにするとやはり衝撃は大きい。
腰を上げ,玉座から降りてきた父を,アリーナはただ立ち尽くしたまま迎えるしかなかった。
その後ろで,クリフトが胸に手を当てて深く礼をする。ブライは軽く目礼した。




「・・・いつからじゃ」

隅に控えていた文官に,ブライは問うた。

「今朝,でございます。おそらく,陛下がお目覚めになったその瞬間からではないかと」
「そうか。・・・筆談は?」
「すぐに試みました。が・・・」

王はペンを持った途端,身動きが取れなくなったという。

「そのようなことが,あるのでしょうか・・・」
「・・・我が王よ。声が出せない,文字が書けない,その二つ以外に症状は?」
「・・・・・・」

王は静かに首を振った。


「なるほど。・・・いずれにせよ,風邪などではなく,なにか特殊な力が働いておるとしか思えませんのう」
「どうしてこんなことに・・・。ブライ,クリフト,治す方法,なにか知らない・・・?」
「喉の痛みを和らげる薬草はありますが,このような症状にはおそらく・・・」
「じゃろうな。炎症の類ではあるまいて。・・・そういえば」


ブライはこつり,と杖の先で床を軽く突いた。


「ゴン爺から,声が出なくなった吟遊詩人の話を聞いたことがあるのう」
「ゴン爺に?」


ゴン爺とは,城の裏庭に住む老人である。
確かもともとサントハイムの要職についていた人物だったはず。アリーナは記憶を辿るが,詳しいことまでは思い出せない。
ただ唯一はっきりと覚えているのは,ブライよりもはるかに年上だということ。アリーナが物心ついた頃にはすでに,ゴン爺は今の姿だった。


「じゃあ,今から会いに行って聞いてこよう!」
「いや・・・残念ながら今日はもう無理ですな」
「どうして!?」
「やっかいなことに,あの偏屈爺様め,陽が沈むと共に寝てしまいますのじゃ。
 その代わり朝は無駄に早いんじゃが」

自分のことを棚にあげてブライが言う。

「・・・すみません,吟遊詩人というのはもしや,今サランにいらっしゃるマローニさんのことでしょうか」

クリフトが遠慮がちに尋ねた。

「おお・・・そのような名前だったかもしれん」
「父から聞いたことがあります。マローニさんは以前,喉を傷めたことがあると。
 その後,何らかの方法で美しい声を取り戻したとか」
「じゃあ直接マローニに聞いてみようよ!こないだも夜に歌ってたもの,きっといるわ」


差し込んできた一筋の希望の光。アリーナはようやくいつもの調子を取り戻す。
そうだ,ただ呆然としていても仕方がない。とにかく行動しないことには。

アリーナは父王の両手を取ると,強い目で告げた。


「待っててお父様!治す方法,必ず見つけてくるから」









「・・・えぇ,そうです。マローニは私ですが」


サランの教会のテラス。夜の空を背景に竪琴を構える吟遊詩人は,つやのある美しい声でアリーナの問いに答えた。


「ごめんなさい,歌の邪魔をして」
「いえいえ,かまいませんよ。何か曲のリクエストでも?」
「あ,違うの。ええと・・・」

アリーナは言葉を詰まらせた。
なんと尋ねればよいのだろう。突然,『一度喉を傷めたそうだが,どうやって治したのか』とは聞きにくい。


「ほっほっほ。マローニ殿は本当にいい声をお持ちでいらっしゃるのぅ」
「どうすればそのような美しい声に?もちろん,日々の練習の積み重ねが一番でしょうけれども・・・」

ブライとクリフトが助け舟を出した。アリーナはほっと息をついて二人に目配せをし,それからマローニに笑顔を向ける。

「うん,そうなの!わたしもそんなきれいな声になりたいなぁと思って」


アリーナの無邪気さは時として有効に働く。マローニは笑って答えた。


「お嬢さんの元気な声は,今のままでも十分素敵ですけどね。
 ・・・私は昔,『さえずりの蜜』という薬を飲んだことがあるのです」
「さえずりの・・・蜜?」
「エルフの間に伝わる秘薬だとか。喉を傷めたときに飲んだのですが,以前よりもさらにいい声になったとよく言われますね」
「それは,一体どこで手に入れなさったのかのう?」
「砂漠のバザーですよ」
「「砂漠のバザー!?」」


つい先ほどまでいた場所ではないか。
これにはアリーナだけではなく,クリフトまでもが声を上げてしまった。


「あ,すみません・・・。今ちょうどバザーが開催されているから,驚いてしまって」
「いえいえ。でも,もしかしたら今でも,バザーのどこかに売っているかもしれませんね。
 かなり珍しいものには違いありませんが」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう!」
「いいえ。・・・せっかくです,かわいいお嬢さんに一曲贈らせていただきましょう」


マローニが竪琴をつまびく。
すると突然,階下から「きゃーーー!!」という複数の歓声が聞こえてきて,三人は驚いてテラスの下を見た。
そこには数人の娘達。マローニが歌いだすのを待ち構えていたのだった。



「輝くーみかーづきー またたくー星ーぼしー ラララ〜」




・・・確かにマローニの歌声は美しかった。
が,これを聞いてうっとりしてしまうという娘たちの気持ちが,アリーナにはいまいち理解できない。
音を揺らしすぎてるし,無駄な強弱が多すぎるよね。
と,横に立つ幼なじみにいますぐ尋ねたかったが,さすがにそれは我慢した。でも後で言おう。
やはり自分は,クリフトのまっすぐで透明な歌声のほうがはるかに好みだと再認識したアリーナだった。




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小さな後書き

こうして,一行は再び砂漠のバザーへ向かいます。

マローニの歌,聴くたびについ笑ってしまうのはわたしだけ?

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