早めに起床して出発の準備を整えた三人は,西の塔を目指して歩き出した。



歩きがいのある頼もしい地面。暑くもなく寒くもない快適な気温。
昨日と比べて,移動するのがなんと楽なことか。
王城の気候に近い,とアリーナは思った。地図を持つクリフトが言うには,ここから城までは直線距離にすると目と鼻の先らしい。


何度か魔物の群れにも遭遇したが,大した障害にはならなかった。
邪魔な砂避けマントを脱ぎ,いつもの濃紺のマントを身に着けたアリーナは,無駄のない動きで次々に敵を屠っていった。
拳が,脚が空気を切り裂く。面白いように魔物たちが倒れていく。

戦うこと以外の役割が思いつかないのなら,今はその役目だけでも全うしておきたい。
握り締めた拳にさまざまな思いを封じ込めて,アリーナは戦った。








「なんだか・・・思っていたよりも,高いかも・・・」


塔のてっぺんを見上げながら,アリーナはつぶやいた。
遠くからその姿を初めて確認したときは,随分小さな塔だと感じたのに。
近づくにつれて,白壁の塔は予想をはるかに超える大きさになっていった。


「じゃが,階層自体は五階しかないようですぞ」
「・・・あ,ほんとね」

確かに,塔の壁面を横に走る線は四本のみ。

「一階一階の高さが高いのね,きっと。
 ・・・クリフト,大丈夫?」
「・・・・・・はい・・・」


か細い声で返事が返ってくる。
クリフトは青ざめた顔で,先ほどのアリーナと同じように塔の頂を見ていた。
その瞳に宿る不安の影。彼は高いところが苦手だった。


「ほっほ。そう心配せんでもよい。外壁があれだけしっかりした作りなんじゃ。中も崩れたりはしとらんじゃろう」
「そうそう!お城と同じようなものよ」

クリフトは僅かに頷いた。
確かに,城の二階を歩いている分には何も怖くない。同じようなものだと,そう思えばいい。

クリフトは神官帽のベルトを締め直すと,アリーナに向き直った。


「・・・行きましょう」
「うん。エルフ,きっといるよね。・・・きっと」







内部は風がなかった。
湿気が肌にまとわり付く。たいして暑くもないのに,手のひらや髪の生え際が汗ばむ。
爽やかな白い壁とは裏腹の,ずっしりと重く揺らぎもしない空気に,アリーナは思わずため息をついた。

「こんなところに,ほんとにエルフなんているのかな。
 なんかもっと,いい風が吹く草原や,森の奥深くにいる感じがしない?」
「いやいや,ここはまだ一階。上まで行ってみないことには分かりませぬぞ」



内部は壁で仕切られ,いくつかの部屋に分かれていたが,さほど複雑な作りではなかった。
一階,二階。襲い掛かる魔物たちを倒しながら,一行は順調に塔を登っていく。


三階への階段を登る途中,不意に前髪が浮くのを感じて,アリーナは目を見開いた。


「あれ・・・?」

髪が揺れる。マントがなびく。

「風が,ある?」
「えぇ,上から吹いてきていますね」


クリフトの青い髪もさらさらと揺れている。アリーナは思わず階段を駆け上がった。
目の前に広がった景色に,息を飲んだ。


「ぅわ・・・」


左側の壁面は,太い柱数本のみで支えられていた。
くり貫かれた壁。外気と光が直接入り込んでいる。
草原。森。そして遠くには海も見える。
たかだか三階,しかし実際に登ってみると,その高さに驚いた。


「すごい・・・。上にあがるだけでこんなに違うのね」
「心地よいですのぅ。これならエルフが訪れるというのも,多少は納得できますな」
「・・・・・・ぁ」


うっかりアリーナの隣に立ち,そしてさらにうっかり下を見てしまったクリフトは,慌てて後ずさった。


「あ,やっぱり怖い?」
「内側を歩いておれば大丈夫じゃぞ」
「はい・・・」





しかし,クリフトの受難はここからが本番だった。
行く手に見えてきた,巨大な穴。
どう多く見積もっても人ひとり分ほどの幅しかない通路が,壁伝いに延々と続いている。


「そういえば,二階の端っこのほう,天井がなかったよね・・・」
「反対側の通路は行き止まりじゃったし,ここを進むしかないようですのぅ」
「・・・・・・頑張ります」




そろそろと。三人は壁際をゆっくりと進む。先頭はアリーナ,次にクリフト,後ろにブライ。
足を踏み外したら真っ逆さまだ。歩くことに集中する。自然と会話がなくなる。

小さな壁の破片が,クリフトの靴に当たってはじかれた。
それはころん,ころんと右に転がって,階下に吸い込まれていく。
思わず止まりそうになるクリフトを,ブライは後ろから杖で突いた。


「ほれほれ,しゃんとせんか」
「すみませ・・・」



その言葉が,途中で途切れた。
ブライも異変に気がつき,足を止めた。



「二人とも,どうしたの?」

後ろを振り返ったアリーナが,クリフトの視線の先を追う。
その先に見えたものに,やはり言葉を失った。


複数の羽音。
金属音。
うなり声。
大きく開いた穴からせり上がってきた魔物たちが,こちらを取り囲んでいた。
はえおとこに,ひとくいサーベル,ドラゴンバタフライ。どれも複数いる。


「あぁっもうなんでこんなときに現れるのよ!」
「えぇい,よりによって空を飛ぶ奴らばかりですのぅ。
 クリフトよ,無理はせんでよい,呪文で援護するのじゃ!」
「は,はい!」



拳を握り締めるアリーナ。杖を真横に構えるブライ。左手で印を結ぶクリフト。
ドラゴンバタフライがボッと火を吐く。それが合図となった。
魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。アリーナは自分を奮い立たせるために声を上げた。



「絶対に負けないっ!!」




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小さな後書き

みんながんばれ。
そしてクリフト,いのちだいじに。

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