アリーナはひとくいサーベルの刃の部分に触れないように注意を払いつつも,大胆に手の甲で横に弾き飛ばした。
パン!と妙にいい音を立てて右に飛んでいく。しかし,休む間もなく次の一匹が襲い掛かってくる。
今度はタイミングよく肘と膝の間に挟み,強く打った。
「はっ!!」
真っ二つに折れる。耳を塞ぎたくなるような,金属的な断末魔の声が上がった。刃の輝きが急速に失われていく。
ブライめがけて,ドラゴンバタフライが炎を吐いた。
杖を構えて精神を集中させていたブライは,即座に呪文を発動させる。
「ヒャド!」
氷の刃は,眼前まで迫っていた炎を飲み込む。さらにその後ろの本体まで,やすやすと到達した。
絶叫。落下。ガラスが割れるような音。
凍りついたドラゴンバタフライは,下の階の床に墜落して砕け散った。
呪文を唱えながら,クリフトは右手で剣を抜く。左手の印は結んだままだ。
はえおとこたちは,すぐには襲ってこなかった。ぶーん,ぶーーん・・・と,耳障りな羽音をたてながら同じ位置に留まっている。
先ほど下の階で一度,この魔物に遭遇した。
そのときに学習した,最優先ですべきこと。クリフトは最近覚えたばかりの呪文を放った。
「・・・マホトーンっ!」
羽音が一瞬止まった。すぐにまた羽を動かし始めたが,動きがかなり不安定なものになる。
はえおとこたちもマホトーンを使う。しかし,相手より先に呪文を封じてしまえば,その脅威は半減する。
上下にふらつくはえおとこたちを見て,クリフトは間髪いれずに構えていた剣を横に薙いだ。
切り裂かれた一匹が,耳障りな奇声を上げながら落ちていく。
この狭い足場では,身体をひるがえして攻撃を避けることはできない。
そのため,武器をぶつけて止めるか,うまく受け流すか,もしくは攻撃される前に倒してしまうか。選択肢は三つしかなかった。
三人は的確に自分にあった防御法を選び,各々の得意分野を活かしながら敵の数を減らしていく。
このままいけば大丈夫。勝てる。勝利の二文字がアリーナの頭をよぎった,そのときだった。
残った魔物たちが一斉に動いた。
捨て身の攻撃。三匹が描く直線の先にいたのは,ブライだった。
息が止まる。視界が揺らぐ。身体が,動く。
ガっ
クリフトの剣が間に合った。
アリーナの拳が何とか届いた。
ブライの氷刃が放たれた。
倒れない。
一匹。ブライのヒャドを食らったひとくいサーベルが,止まってくれない。
真上から刃先が迫る。
「ブライ!」「ブライ様!!」
ブライは咄嗟に身体を翻し,なんとか攻撃を避けた。
しかし一歩踏み出したその先には,床がない。
時間が引き延ばされるような感覚。
ブライがひとくいサーベルと共に,アリーナの視界から消えていく。
見えなくなる直前,目が合った。
黒い瞳。自分を見て,その後クリフトを見たのが分かる。
分かるのに。なのに間に合わない。
間に合わないことを理解している暇があったら,動きたいのに。この伸ばした手を間に合わせたいのに。
止められる。クリフトが飛び掛ってきて羽交い絞めにされる。
耳元で何か叫ばれた。聞こえない。息しか感じない。
クリフトの声は聞こえないのに,下から伝わる衝撃音はやけにはっきりと,身体を通して響いてきた。
「・・・いやああぁあっ!!ブライ,ブライーっ!!!」
自分が上げた悲鳴をきっかけに,アリーナはようやく正しい時間感覚と聴覚を取り戻した。
クリフトを振り切ろうともがく。
「放して!ブライが!!ブライが」
「姫様!」
「早く助けに行かな・・・」「落ち着いて!!!」
どんなに強く張り上げても,クリフトの声は綺麗だった。
その声の力でアリーナの動きを止める。びくりと,肩が大きく揺れた。
アリーナの身体から一気に力が抜ける。崩れ落ちそうになったが,クリフトに後ろから支えられた。
「・・・ゆっくり,かがんでください。座って」
語尾の敬語が抜け落ちていた。身体の前に回された腕も,震えている。
それに気がついたアリーナは,素直に従った。従うのが一番楽だった。
狭い足場の中,クリフトに背中を預けながら,慎重に膝を折った。
クリフトもアリーナを抱え込んだまま,同じようにかがむ。
両足でアリーナを挟むような格好になる。
「・・・そう。そこから,下を見て。
大丈夫。・・・大丈夫」
クリフトの声に操られるかのように,アリーナはどこか機械的に,階下を見た。
「・・・・・・え・・・?」
広がる光景は,アリーナの想像とは異なるものだった。
ひとくいサーベルが三つに折れて散らばっていた。
かなりの高さから落下して,大怪我を負っているはずのブライの姿はない。
いや,怪我どころか,ブライそのものがいない。
「ど・・・う,いう,こと?」
大した怪我もなく,すでにこちらに向かって移動しているのだろうか。それとも・・・
「・・・魔法?あのルーラみたいな・・・?
ねぇクリフト,きっとそうよね!ブライ,魔法で移動したのよね?
クリフト,魔法力の気配でそれが分かったから,大丈夫って言ってくれたんだよね!?」
振り向いてクリフトを見上げるが,返事は返ってこなかった。
クリフトはアリーナを抱きしめたまま,黙って壁に寄りかかっていた。
下の階の床を見下ろしながら,なにかを考え込んでいる。
高いところが苦手だということを忘れてしまうほど,真剣に。
一瞬だけ,腕に込められた力が強くなったのが,アリーナには分かった。だがすぐに緩む。
「・・・ごめんなさい。手を放すので,気をつけてください」
クリフトは小声で告げると,アリーナを解放して立ち上がった。
アリーナも同じように腰を上げて,クリフトに向き直った。無言で先ほどの問いの返事を要求した。
寄せられた眉。引き結ばれた唇。
いつもよりもやけに青く濃い,クリフトの瞳。
彼は静かに,口を開いた。
「・・・このまま,上に進みましょう」
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小さな後書き
ブライは一体どこへ。
そしてクリフトは何故,この結論に達したのでしょう。
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