「さて,なにから話しましょう。ああ,まず私の頭の中をまとめないと話せそうにないな・・・」
「クリフトこのサブレめっちゃうまい!もういっこも〜らい」
「母が好きなんです。・・・ルラーフ家は代々,『サランの統治』,『王の補佐』という2つの役割を担ってきました。そのため,後継者は幼い頃から城で生活し,王子,王女の学友として共に勉学に励むのが慣例となっています。
いわゆる幼馴染になるためですね」
「じゃあお前って,跡継ぎなのか?この家の」
「いえ,違います」

クリフトは静かに首を振る。

「私は,一番下です。兄が3人,姉が1人」
「ああ,なんかそんな感じがするなぁ確かに!末っ子っぽい」
「・・・もちろん,一番上の兄が家を継ぐはずでした。15歳の時に,急死しなければ」


紅茶のカップが,妙に重たい。


「双子の弟だった2番目の兄も,その翌日に他界しました」
「な・・・ん,なんだ,いったい」
「やはり,毒殺だったのではないかと,思います。私がまだ生まれる前のことなので,詳しいことは知りません。 あえて知ろうとしないように,しています。両親の気持ちを考えると,とても・・・」
「・・・ああ,そうだな」
「現在は私と4つ違いの,3番目の兄が後継者です。今日はフレノールに行っているそうなので,残念ながら不在ですが」
「でさー,やっぱり,さっきのお姉さんみたいにクリフトにそっくりだったりする訳?」
「あ・・・そうですね。そういわれると,よく似ているかもしれませんね。髪の色も同じですし」

紅茶の香りが急に戻ってきた感じがして,ノイエは思わずほっとした。

「兄はしかし,ずっとこの家で育ちました」
「え?跡継ぎは城で生活するってさっき」
「その役目を受けたのが,私なのです」
「えっと・・・わりい。俺頭悪いからいまいちよくわかんないんだけどさ。こういうことか?」

ノイエはあごに手をやって,少し覗き込む様な格好でクリフトの目を見て,言った。

「『サランの統治』と,『王の補佐』の仕事を,二人に分けた」
「はい,その通り。ちゃんと賢いですよ?ではご褒美」
「って紅茶のおかわりかよ。まあ超うまいから許す!」
「ありがとう。・・・こうして私は,城に預けられたのです。まだ4つの時でした」




◆◆◆


姫様の学友としてではなく,神官見習いとして預けられたのは,
やはり自分の安全を一番に考えてのことだったのだろう。
そして二番目の理由が,将来の司祭長として育てるためであることは間違いない。

国内の宗教的な行事一切を取り仕切る,教会の長。司祭長。
『王の補佐』には最適な肩書きだ。
名門貴族ルラーフ家の血を引く者が,神官への修行を経て司祭長になる。
執政側と宗教側の橋渡し役として,これ以上の適役はない。



貴族として。神官として。両方の知識を得る必要があった。
統治法を学び,剣の扱い方を覚えた。
神学を学び,傷を癒す呪文を覚えた。
勉強して,勉強して,勉強して。それでもずっと,不安は拭えなかった。

正直,成人の儀式を受ける自信がなかった。
貴族,司祭長,大人。3つ同時に与えられる権利と義務。
・・・まだ無理です,もう少し修行させてください,司祭長として相応しい人間になるまで。
そんな言い訳をし続けて,本来なら16の誕生日に行うはずのその儀式を,ずっと延期してもらっていたのだ。
だから自分はまだ,3つ目の名前を持たないまま。







「3つ目,って。成人すると名前が一つ増えるのか」

ノイエは紅茶をすする。

「この国のしきたり?」
「ええ,そうです。クリフト・ルラーフ。今の私の名前です。貴族は成人すると,間にもう一つ名前が入るんです。
 儀式の際に,親族から授けられることになっています。私の場合は,父から」






『クリフトに相応しい名前を用意しておかねばな。
 フルネームで呼んだ時の響きの良さも重要だ。一年かけて考えるとしよう』

自分が15になった日。父は温かい瞳でそう言った。
今になって,分かる。自分はなんとわがままだったのだろう。
そのわがままこそ・・・まだ子供だった証。成人の儀式を拒否すること,それ自体が。
16の誕生日を心待ちにしていた両親には,本当に申し訳ないことをしたと思う。






「いや,そんなことないんじゃないか」
「え・・・?」
「だってお前,どうせすごい努力したんだろきっと。
 その・・・貴族としての勉強と,神官としての勉強,両方。おまけに今でもまだ,医者の勉強続けてるし」

ノイエの髪が夕陽の赤を撥ね返して,まぶしい。

「もがいて,もがいて,立派な大人になろうとしてる息子自身が,親にとっては一番の誇りだったんじゃないかと,思う。
 成人の儀式なんて,どうせただのきっかけだろ?
 ・・・あれ?なんだよそんな顔して。あーはいはい,どうせ俺らしさのかけらもない台詞ですよ!」
「いえ・・・すみません。違うんです。私が以前,姫様に言った言葉と同じだったので,びっくりして」

成人の儀式は,きっかけにすぎない。
そうだ,自分もそう,言ったではないか。自分自身で大人になっていくのだ,と。

「ノイエ」
「んー?」
「長い話を聞いてくれてありがとう。あなたに言って,よかった」
「お礼は紅茶のおかわりでいいぜ?」
「『超うまいから,許す』?」
「・・・まぁな!」



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小さな後書き

意外な人の意外な一言が,ものすごくうれしかったりします。

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