クリフトとノイエは,懐かしさのあまり屋敷内をうろついていたアリーナを探し出し,3人で一緒に食事の間へ向かった。
部屋の中にはすでに両親とニアーリエが待っていた。

「クリフト!待ってたのよ,はいこれ」
「姉上?」

満面の笑みでニアーリエがクリフトに差し出した,大きな包み。
クリフトは訳がわからないまま,受け取る。持った感触は,柔らかく軽かった。

「開けてみて」
「あ,はい」

質のいい包装紙をそっと開いていくと,中から現れたのは,黒い布。手にとって広げてみる。
それは儀礼用の正装だった。
一目で上質のものと分かる生地。上品な鼈甲色の飾り釦。
ところどころに黒い糸で入れられた,繊細な刺繍。
横から覗き込んでいたアリーナが思わずため息をつく。

「素敵な正装ね・・・」
「本当は紙なんかじゃなくて,ちゃんとした箱に入れて渡したかったのだけれど」

急だったから準備が出来なくてと,ニアーリエは謝った。

「あなたの服よ」
「私に,ですか?」
「ええ。わたしが,縫ったの」
「姉上が・・・」
「今,慌てて裾と袖を直してきたのよ。まさかこんなに背が伸びているとは思わなくて。縫い代がぎりぎり」
「そうするとこれは以前から?」
「実はこっそり用意していたの。クリフトが16になる少し前に」

クリフトは頭を揺さぶられるような衝撃を受けた。

「もしかして,成人の,儀式用に・・・?」
「そう。どうしてもわたしが縫った服を着てほしくて」

自分を見上げて微笑む年子の姉を見つめて,クリフトは思った。
――こんなに小柄な方だっただろうか。いや違う,それだけ自分が大きくなったのだ――

2年という月日の長さ。待たせた長さ。
言葉にならない感情が波になってクリフトに襲い掛かり,どこかへ流そうとする。


「・・・ありがとうございます,姉上」

冷静に,冷静に。自分にそう言い聞かせて,クリフトはなんとか,いつもどおりの声を出すことに成功した。

「必ず,儀式の際に,着させていただきます」
「そうね。楽しみに待ってるわね」

「なぁ。ニアー・・・リ,エ,さん」

ノイエがつっかえながらニアーリエの名を呼んだ。
うふふ,と笑ってノイエのほうを向くニアーリエ。

「発音しにくい名でしょう?どうぞニアとよんでください」
「じゃあ,ニアさん。頼みがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「こいつに,着せてやってくれないかな。正装」
「えっ今ですか」
「うわあ見たい見たい!」
「はぁっ!?」

クリフトは慌てた。

「ちょっ・・・ノイエなにを」
「いいじゃん減るもんじゃなし。お前がそれ着たとこ見てみたいんだよ!」
「だって私はまだ」
「どうせ儀式受ける前に着ちゃいけないなんて決まりはないんだろ?」
「それはそうですがでも」
「着せてもらえって!あ,ついでにその髪型もなんとかしてもらえ!!貴族のぼっちゃん風にな〜」
「ノイエっ!」

顔を真っ赤にして叫んだクリフトは,ノイエの次の言葉でもう,何もいえなくなってしまった。

「親父さんとお袋さんとニアさんに,見せてやれって」







食事の間に面する小さな控えの部屋に,服と一緒にクリフトが放り込まれた直後。マーニャとミネアがやってきた。

「あっれー?どうしたの,なんか楽しそうな顔してるじゃない」
「あ,マーニャ,ミネア」
「おう,おつかれ〜」
「どうかしたんですか?あらクリフトさんは?」
「着替え中」
「着替え?なんでまた」
「変身させるため!俺が舞台をセッティングしてやった!!」

いたずらっ子の見本のように,腕組みをしてへっへ〜と得意げに上を向くノイエ。

「ブラッククリフトまもなく登場!」
「・・・ごめん突っ込んであげたいのはやまやまなんだけど状況が読めない」
「おや?みなさんもうおそろいでしたか。これは失礼,失礼」

トルネコが陽気な声で挨拶をしながら部屋に入ってきた。その後ろにはブライとライアンの姿も見える。

「皆そろってドアの前で。何をしておるんじゃ」
「ああ爺さん,あたしが説明してほしいくらいだわ」
「クリフト殿の姿が見えないな」
「クリフトはね,この奥の部屋にいるの!」
「この中に?」
「うん!」

ニアーリエがドアをノックした。

「クリフト?もう着替えは終わったかかしら」
「・・・ああ,はい,一応は・・・」
「じゃあ,ノイエさんのリクエストどおり,髪型も整えましょうね」
「ええ・・・・・・っ?」

困り果てた弟の声を確認した姉は,「ではちょっと失礼します」と後ろの群集に断ってから,ドアの向こうに姿を消した。
クリフトの両親,ウェイマーとフィアナは,ダイニングテーブルを挟んだ向こうの壁際で,その様子を笑顔で見守っていた。


「だから一体何が始まってるのよぅ」
「ニアがね,クリフトの服を作ってくれたの」
「ニアーリエさんが?ああ,そうね仕立て屋さんでしたわね」
「今からそれに着替えるのよ!楽しみ」
「黒だぜ黒。あいつが黒着たとこ見たことあるか?いやない!」
「それでブラックってあんた・・・。まぁ確かに,見た記憶がないわねー」
「わしですらないわい」
「クリフトいつも,『この明るい色の髪には,黒は合わないので』って,お願いしても着てくれないのよ」

わたしは似合うと思うんだけどなぁ。と。アリーナはうつむいた。そのまま言葉が途絶える。

「もうすぐ実物が見れるっていうのに,なに想像だけで照れてるんだぁ?」
「ノイエは黙ってて!違うわよ,ちょっとクリフトとこのあと約束してたことがあって,そのこと考えてたの!」
「またまた〜。っていうか約束ってなんだよ,怪しいなぁ」
「うるさーい!」
「まー,とりあえずクリフトがどんなに着飾っても,この俺にはかなわないだろうけどなっ」
「あ〜らぁその鼻どうやってへし折ってやろうかしら。いっそのことミネアにバギでも唱えてもらう?ばっさりと」
「マーニャそれまじで怖えぇから・・・」
「姉さん私もそんな使い道は困るわ・・・」


好き放題に騒いでいたら,控えの間のドアが静かに開いた。
皆ぴたっと静まり返って,役者の登場を待つ。
先に出てきたのは,ニアーリエ。

「クリフト,いらっしゃい」
「・・・・・・はい」

実に珍しい,投げやりな返事の後に,ドアの影からゆっくりとその姿を表わした。




「あ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・は?」
「・・・へぇ〜」
「・・・・・・・・・ほう」
「おやあ」
「これは・・・」
「あら・・・・・・」
「みなさんどうぞ遠慮なく笑ってください・・・。似合わないでしょう?」

姿勢はまっすぐに保ったまま,首だけを少し傾けてクリフトは苦笑した。

丈の長い黒の上着に黒のズボン。どちらもクリフトの体型にぴたりと合ったサイズだ。
淡い青の髪が,不思議と黒を引き立てて良く合っていた。
背の高さが際立つ。皆が思っていたより肩幅が広い。
前髪を上げたせいだろうか。いつもは隠れているすっきりした眉と,深い青の瞳の印象が強くなって,顔立ちまで違って見える。
視線が合うとどきりとさせられるほど。


「化けやがった・・・」
「ねぇ・・・。神官から貴族にみごとに」
「クリフトさんって,こんなに背が高かったのね」
「思っていたより,体格がしっかりしてますねぇ。うちの息子も将来あのくらいになればなぁ」
「クリフト似合う!やっぱり黒似合う!」
「そ・・・うですか?ありがとうございます,姫様」
「うん!」
「ぅわっ」

ぴょんと飛び跳ねて抱きついてきたアリーナに,慌てふためくクリフト。

「エスコートしてほしくなっちゃった!」
「では飛びつかずにちゃんとまっすぐに立って下さい!」
「ええもちろんっ」

「バカかおまえら・・・」
「若いっていいわねぇ・・・」

ノイエとマーニャのつぶやきを必死で聞かなかったことにして,クリフトはアリーナに手を差し出した。
アリーナは満面の笑みを浮かべながら,その手をとる。
そのままクリフトの両親の元へ歩いていく。耳が真っ赤になっているクリフトがおかしくて,後ろから見ていたノイエはニヤニヤ笑った。

両親の前まで来ると,クリフトはきれいな動作で礼をした。アリーナも倣って,短いスカートの裾をつまむ。

「お待たせしました,父上,母上」
「よく,似合っているよ。クリフト」
「ええ,ほんとに・・・」

頷く父の髪に混ざる白髪と,笑顔の母の目元に出来た皺を見て,クリフトはぎゅっと目をつぶった。
アリーナも同じだった。そして目を開けたあと,こくりと息を呑んでから,話し出す。

「ありがとうウェイマー。王が不在の間,この国を守ってくれて。父に代わり礼を言います」
「いえ・・・もったいないお言葉です」
「わたしたちが明日,城を取り戻してくるから」

アリーナはクリフトの手を強く握った。握り返される感覚。

「それが終わって,お父様たちが戻っていらして。サントハイムがもとの落ち着きを取り戻したら。
わたしも,クリフトも,成人の儀式を受けます」

王女の,瞳で。アリーナは宣言した。

「あなたがたの大切な息子を,この屋敷から引き剥がしてずっと独占していたけれど。
これからも,彼を司祭長として,わたしの補佐として。ずっとこき使わせていただくから」

よろしくね?と言ったアリーナの横に並ぶクリフトの表情は,とても穏やかで。
そんな息子の表情に,両親は,見ている回りの人がもらい泣きしそうになるくらい幸せな顔で,頷いたのだった。



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小さな後書き

どうやらブラッククリフトはかなり見栄えがいいようですね(笑)。

たとえ離れて育っていても,両親の愛をめいっぱいに受けていた彼の,小さな親孝行。

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