牢屋の空気はひんやりと冷たかった。
それでも牢屋番の兵士は,ちゃんと絨毯を敷いて椅子を置いてくれた。わたしが王女だから,なんだろうけど。
兵士はそのまま,外へ出て行った。入り口で見張っているんだと思う。
一人きり。動かずに,ただ椅子に座って,じっとしていた。
時間はたっぷりあって,そしてゆっくり流れる。いろいろ,考えた。
こないで。
・・・どうしてそんなこと,言っちゃったんだろう。
昨日のことで混乱はしていたけれど,そんなこと言うつもりじゃ,なかったのに。
ずっと,一緒だった。4つの時から。
離れる理由なんてない。クリフトはわたしの幼馴染になるために城に来たんだから。いつも傍にいた。
大きくなるにつれて,さすがに一日中べったり一緒というわけにはいかなくなったけど。
それでも,自由に会いにいけた。話を聞いてもらえた。
クリフトがわたしのことを想ってくれていると感じたのは,城の人たちが消えた,あの日。
自分の気持ちに気がついたのも,そのとき。
わたしは,いつからクリフトのことが好きだったんだろう。
クリフトはいつから,わたしのことが好きだったんだろう。
初めて会ったときから?それとも,少し大きくなってから?
クリフト,わたしのために頑張ったって言ってたから,やっぱり小さい頃からなのかな。
船旅が続くようになった頃から,クリフトは夜になると少しよそよそしかった。
その原因はやっぱり,わたしなのかもしれない。
でもわたしはただ,抱きしめてほしかった。
だから無理にでも毎晩部屋に来てもらったし,いつもこっちからキスをした。
あのサランの時みたいに,息が苦しくなるほど抱きしめてキスしてほしかったから。
そう,ずっと望んでいたのに。
・・・でも昨日,わたしは咄嗟に逃げようとしなかった?
すぐに抵抗をやめたけれど,クリフトはそれに気がついたのかもしれない。
拒絶してしまった。
傍にいることを誓わせたのは,わたしなのに。
わたしも,傍にいたいのに。
右奥で,がしゃんと重い音がした。
牢屋と外を繋ぐ扉が開いたらしい。誰かくる。
鉄格子の向こうに現れたのは,昨日部屋まで案内してくれた,あの若い女性だった。
小ぶりのトレイに,湯気の上がるスープとパンが乗せられていた。
「王女様,お食事をお持ちしました。失礼しますね?」
・・・確認するときに語尾を上げる話し方が,クリフトと似ている。
鍵を開けて,中に入ってきた。小さなテーブルの上に食事を並べていく。
「ありがとう」
「寒くは,ありませんか?なにか羽織るものでもお持ちしましょうか?」
「ううん,大丈夫よ」
「よかった」
笑顔を見せた。昨日はわたしより年上だろうと思ったけれど,こうして傍で見たら,多分同い年くらい。
きっとまだ,仕事に慣れてないんだ。雰囲気があんまりがちがちじゃない。親しみやすい。
「みんな,もうとっくに出発したよね」
「あ,はい,南のほうに向かわれたとか」
「そうなんだ・・・」
「でもきっとすぐに戻っていらっしゃいます。あのお若い神官様も」
なに?
もしかしてこの子も,クリフトのことが気になるの?きゃあきゃあ言ってた人達みたいに。
「羨ましいです」
「えっ」
「神官様は,王女様の恋人,ですよね?あ,違ってたらすみません・・・」
「え,ええ・・・一応,そうだけど」
「やっぱり!」
また笑った。でもどこか,寂しそう。
「・・・私,恋人がいるんです。でも,めったに会えなくて」
彼女は頬を赤らめて,「時々物資を届けに来る商人の用心棒,なんです」と言った。
「たまにしか城に来ないし,せっかく来てもすぐに帰ってしまうし。
それで,いつも愛する方と共にいられる王女様が,羨ましいな,って・・・。
あっ,ごめんなさい!私ったら王女様に向かってなんて話を」
「ううん,気にしないで」
「すみません・・・」
この子,なんだかすごくかわいい。一生懸命,恋をしてる。
・・・うん。わたしも,恋,してるよ。
彼女は給仕で,わたしは王女,立場は全然違うけど。
恋する女の子,その共通点が不思議な連帯感を生む。
顔を見合わせて,二人で笑った。
「どうしてクリフトが・・・あぁえっと,神官の彼が,わたしの恋人だって思ったの?
やっぱり,わたしが部屋に引っ張り込んだから?」
「いえ,それもあるんですけれど・・・神官様の,王女様を見る目に,いっぱい想いが込められてて」
「目・・・」
「はい。あぁ,愛してらっしゃるんだな,って」
クリフトの,目。
・・・そうね。いつもわたしを見てくれてた。ちょっと視線がそれるだけで不安になるくらい,いつも。
「私も,あんな風に見つめられていたいです」
「・・・傍にいられれば,いいのにね」
「いえ,仕方ないんです。ここでこうして働いて,あの人がやってくるのを待つしか。
・・・でも,いいこともありますよ?」
その分,会えたときはすごくうれしいんです。
そう言って笑った彼女は,なんだかとても,綺麗だった。
食事が終わると,彼女は空いた食器をトレイに載せて帰っていった。
また一人に戻る。午前中は平気だったのに。今は少し,さみしい。
好きな人と離ればなれのまま生活する。
どうしても想像ができない。あまりにも傍にいるのが当たり前だったから。
離れたのは,あの,ミントスのときくらいかもしれない。それと,今と。
傍にいるのが,当たり前すぎたから。わたしはそれ以上のものを,求めちゃったのかな。
幸せに対して貪欲になることをやめようとは思わない。悪いことじゃないから。でも。
守り,守られること。傍にいられること。
見つめ合うだけで息が詰まりそうになること。
愛する人と常に共にあることが,どんなに幸せなことか,忘れていた。
いっぱいいっぱい,クリフトの気持ち,貰ってた。
なのに,それ以上のものを,求めていた。
大人だから,って。・・・本当に?
だからクリフトもずっと,抱きしめようとしなかった,のかな。
・・・・・・やっぱりよく,分からない。
自分で解決するって,前に決めたけど。自分自身のことすら分からないのに,クリフトのことなんて分かるはずがない。
でも,全部分かる必要なんて,ないのかもしれない。
今,すごく会いたいよ。クリフト。
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小さな後書き
良くも悪くも,アリーナは「女の子」だったりします。
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