すっきりとした形のいい眉に,深い青の瞳。ごく自然に後ろに流された淡い青の髪。


「皆さん,わざわざお越しくださってありがとうございます」


軽く会釈してから笑みを浮かべたクリフトは,さすが生粋のサントハイム貴族,落ち着いた気品が備わっていた。
随分といい男になったじゃない。やっぱりあたしが見込んだ子にハズレはないわね。



「おわっなんだよおい!かっこいいじゃん!」

いつものようにノイエが飛びつこうとして・・・ぎりぎりで踏みとどまった。それが正解よノイエ。

「っと,あぶない。ばしばしやって服がしわだらけになっちまったら大変だしな」
「あはは・・・すみません」
「とりあえず,おめでと!!」
「ありがとう」

二人は手を上に向けて握手する。若いっていいわねぇ。
その後ろで,シンシアが控えめに頭を下げる。
あたしは新郎の脇を小突いてやった。続いてミネアが祝福の言葉を贈る。ライアンが力強く握手をする。
そしてトルネコがにこにこ顔でクリフトの両手を取った。今日は美人の奥さんとチビちゃんも一緒。

この賑やかさ,程よい騒がしさが,少し懐かしい。まだ半年しか経ってないけどね。




・・・それにしても,前髪を上げたクリフトを見るのは久々ね。
かっちりした黒の正装も,前よりさらにいい感じに着こなしてるじゃない。悪くないわ。


「よく似合ってるわよ」
「ありがとうございます。マーニャさんにそう言っていただけて,少し安心しました」
「しっかしさー。新郎の控え室って,もっと人でごった返してるもんかと思ってたのに。
 お前とブライだけだなんて,ちょっとびっくりした」
「当日は新郎が一番暇なのじゃよ」
「少し前までは,私の両親と兄がいたんですが・・・。来賓の対応のために一足先に会場に向かったんです。
 姉は,姫様のところへ。ドレスの,最後の調整に行きました」
「そっか。後でニアさんに礼を言いに行かないとな。シンシアのドレス,今日に間に合わせてくれたし」

ノイエは振り返って,後ろに立つ幼馴染と目を合わせた。
あらあら,毎回見るたびに見蕩れてるんじゃないわよもう。そんなあんたを見てるこっちが恥ずかしいわ。
この調子だとまだ,恋人同士にもなってないんでしょうね。ちょっとは親友を見習いなさい。



クリフトの実の姉,ニアーリエさんは,サランの街の仕立て屋さん。
シンシア自身が縫ったシンプルなドレスを急遽,こういう場にも着られるよう,少し華やかな感じに仕立て直してくれたらしい。


「アリーナの今日のドレスも,あんたの姉さんが?」
「えぇ。さすがに全てを縫ったわけではありませんが,デザインと,重要な部分の縫製は姉がしてくれました」
「まあ。それは楽しみだわ」

自分も裁縫が好きなミネアが目を輝かせた。


「俺の服も,もちろんクリフトの服もニアさん作だし。大活躍だな!」
「はい。姉もとても喜んでいました」
「いやぁ実は私のこのズボンも,以前ニアーリエさんにちょっとだけ直してもらったんですよ」
「腹回り?」「ウエストかしら?」「腹?」
「あ,はははは・・・。いやまぁ,そうですけどね」
「でもパパ,ちょっとだけ痩せたんだよ!あのね,先月まではもっとね・・・」

得意げに父親の体重の経過を報告する息子が,なんとも可愛らしい。

「いや,いつもはネネに直してもらうんですよ?
 でももう何度もサイズをいじりすぎて,ネネの手に負えなくなってしまったので,プロに頼んだというわけです」

妻のフォローを忘れない,素晴らしい旦那様だこと。


「そういえば,ライアンさんとマーニャさんの式はいつ頃になるんですか?」



・・・思わぬ方向から直球が飛んできた。
その問いを発したクリフトは,とぉーってもさやわかな,罪のない笑顔。
悪意のまったくない純粋な質問。
だから,いつものように咄嗟に誤魔化せなかった。避けきれずに直撃した。
あたしとしたことが。



「この冬に予定している」




・・・えっ?
ライアン!ちょっと!





「そうなんですか!」
「まじで!!初めて聞いた!」
「そうなの姉さん!?」




あああああ,もう・・・・・・。



隣のライアンを軽くにらんだ。
余裕たっぷりの涼しい顔が憎たらしい。



「モンバーバラの劇場は毎年,真冬の時期にひと月ほど閉めるそうだ。
 その間に,痛んだ箇所の修理や,床の手入れを行うらしい」
「そっか,普段はマーニャ忙しいもんな。行ったり来たりで」
「式の準備は何かと手間がかかるからのぅ。休みの間に挙げるのが一番じゃな」
「いつの間にそんな大事なこと決めたのよ,もう・・・」


はいはいミネア,拗ねないの。


「昨日よ,昨日」
「昨日!?」
「そう。あたしだって昨日,モンバーバラから帰ってきてすぐに,この人に言われたばかりなわけよ。
 まさか,昨日の今日でみんなに言ってしまうとは思ってなかったけど・・・」
「問題はないだろう」
「・・・・・・まぁ,ね」



実際にもこの半年で,あたしはもう彼の妻として,周囲に認識された。
モンバーバラで踊り,バトランドに帰る。慌ただしい生活。けれど,やめるつもりはない。
それでも城の人たちは嫌味一つ言わず,そのままのあたしを迎え入れてくれた。いい国ね。
でもたとえ,裏でこそこそ陰口を叩くような人がいたとしても,ライアンは気にも留めずにあたしを守り通してくれるでしょうけどね。
守ってもらう必要はないけど。守られるのも,悪くない。そう思えるようになった,半年だった。



「では,近いうちにまた結婚式が見れますねえ」
「めでたいのぅ〜」
「いつになったら式挙げるんだよってずっと思ってたけど,ついに覚悟を決めたんだなー!今から楽しみだ!」

ノイエ,あんた自分のことを棚に上げてない?



「・・・さて」


突然,ライアンがあたしの腰に手を回す。引き寄せられる。
こめかみの辺りに軽くキスされた。


「我々の話は,後回しで結構だ。
 まずはアリーナ姫のもとに向かうのが優先だろう」

「・・・あ,そうですね」
「お・・・おぉ,そうじゃったな」


こくこくと,みんな機械仕掛けのようにそろって頷くのが,何だかおかしい。
注目を集めておいてから,さらりと話題を切り変える。やり方がうまい。



「や・・・やっぱかっこいいよなぁ・・・」
「あんたも真似してみたら。そこの彼女に」

シンシアに聞こえないように小声でささやいたら,耳まで真っ赤になる。
今日は一日いじり倒してあげるわ。覚悟なさい。


あたしは率先して,廊下へ続く扉へと向かった。

「さあさあ,アリーナに会いに行きましょ」
「えぇそうね。きっとものすごく綺麗だと思うわ」
「そういえば,アリーナさんのドレス姿は初めてですねぇ」
「旅の間には着る機会がなかったからのぅ」




そう。あの子は綺麗になっているでしょう。あたしの想像を超えるほどに。
緊張と期待と高揚感が,アリーナの生き生きとした瞳にひときわ力を与えてくれているはず。
クリフトとのさらなる幸せを掴むために。あの子はとびきり綺麗になって,今日という日を迎える。



・・・なんでかしら。妹どころか,まるで娘を送り出すような気持ちね。
少しだけ鼻の奥が痛くなった。早くアリーナの姿が見たいわ。




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小さな後書き

姐さん,思わぬ展開にめずらしく動揺です。
導かれしものたちの間では,しばらく慶事が続きそうですね。

次でようやく,アリーナ登場です。

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