またすぐに,会える。いつだって会いにいける。ルーラの呪文を唇に乗せるだけで。
そう分かっていても,やはり別れは辛い。辛くないはずがない。
しんみりした空気にならないよう,その気持ちを笑顔で隠して,ノイエは気球の上からぶんぶんと手を振った。
アリーナもクリフトも,ブライまでもが,負けじと下から大きく手を振りかえした。


「みんな,元気でねー!!」
「またこっちにもいらっしゃいよ〜」
「エンドールにいらしたときは必ずうちに寄ってくださいねー」
「おぉ,またルーラで飛んでいくわい」
「お前のお茶飲みにいくからなー!!」
「えぇ!とっておきの焼き菓子,用意しておきますから!」


トルネコがガスの壺の栓を全開にする。気球は一気に上昇し,上空を渡る強い風に乗った。
サントハイムの人々の姿は,瞬く間に小さな影となり,やがて城自体も薄い雲に阻まれて見えなくなった。






バトランドでは,一行は英雄となった。
大勢の戦士たちが見守る中,バトランド王がライアンの階級特進を告げると,割れんばかりの歓声が上がった。


エンドールの入り口,大通りへと続く門の側で,ネネとポポロは待っていた。
飛びついてきた息子を,トルネコは強く抱きしめる。そして数年前までよくねだられた,高い高いをした。


マーニャとミネアは,コーミズの父の墓の前で,旅の終わりを報告した。
その後向かったモンバーバラでは,マーニャの踊り子仲間やファン達に何重にも囲まれてしまう。そのまま大劇場へといざなわれた。
舞台の上で鮮やかな舞を披露するマーニャの姿を,ノイエは客席の後ろのほうから見ていた。
マーニャが目線を送ってきたので,にっと笑い返した。舞台の脇にいるミネアもちらちらとこちらを見るので,そのたびに手を振った。

姉妹の気が同時に反れた時を狙って,ノイエは静かに劇場を後にした。








「操作法,いちおう教わっといてよかったな」


その呟きに答えるものは誰もいない。
青い青い空の中を,ノイエはただ一人,行く。
狭かった気球の篭は,今は驚くほど広い。


一年間,寝食をともにし,家族のような強い絆で結ばれた,仲間達。
皆,帰るべき場所へと帰っていった。
さみしくないといえば,嘘になる。だが,今の彼に悲壮感はなかった。


報告に行こう。
この一年の間の出来事を。
そしてこれから自分が,何をしていきたいかを。伝えにいこう。



空を見上げ,太陽のまぶしさに目を細めたノイエの目前を,何かが横切った。
それは一匹の渡り鳥だった。周囲を見てみると,気球のすぐ横を数羽一緒になって飛んでいる。

「なんだお前ら,一緒にきてくれるのかー!?」

それに答えるように,今度は別の鳥が篭の縁に止まり,ちゃっかりとその羽根を休めだした。
ノイエは笑った。そして改めてゆっくりと,気球の下に広がる大地を見渡した。



いまだ雪に覆われた峰。
恵みを湛えた深い緑の森。
新緑がまぶしい草原。
紺碧の海。
力強く空を行く渡り鳥。



「・・・やっぱ俺,こっちじゃないとな」




多くの命を抱いたその世界は,何から何まで,切なくなるほど美しかった。










再び,サントハイム城。

長い間テラスで騒いでいた人々はようやく,己の持ち場へと戻り出した。
兵士は詰め所へ,料理人は厨房へ,司書は書庫へ。
そして,サントハイム王ロウラントとアリーナ,クリフト,ブライにウェイマーは,そろって王の私室へと向かっていた。



「アリーナの旅の話を3年分,そしてウェイマーからサントハイムの現状の報告。
 さらに私たちに何が起こったかを説明せねばならんわけだ。長丁場になるな」
「この老いぼれのために,ときどき休憩を挟んでくだされ」
「案外ブライが一番しゃべってたりして。
 ・・・そうね,長くなるのよね・・・」
「えぇ・・・」


アリーナとクリフトの表情が,曇る。
二人の声に含まれる不安げな響きに気が付き,王は足を止めた。
娘の顔を,じっと見る。


「どうかしたのか?」
「うん・・・。今頃みんなもう,帰り着いてるんだろうな,と思って」


アリーナは左手で,右の二の腕を掴む。


「でもね・・・」
「陛下,恐れながら申し上げます」


クリフトが顔を上げたまま,毅然と,よく通る声で告げた。


「今一度,城を離れる許可をいただけないでしょうか。
 数刻で戻ってまいります。旅のご報告は,どうかその後に。
 大切な友人の元へと駆けつけたいのです。お願いします」
「クリフト・・・」

アリーナは少し詰まった声でクリフトの名を呼ぶと,その手を取って強く握った。
そして父王のほうに向き直った。

「わたしも,お父様や城のみんなに何が起こったのか,早く聞きたい。
 でもね,今,どうしても一人ぼっちにさせたくない人がいるの」


ブライがいつものように,ほっほっほと笑った。

「我が王よ,わしにも同じ許可を下さらんかの。
 今からキメラの翼を捜すのは,ちと面倒じゃしのう」
「お父様,お願い」



ロウラントは穏やかな表情で,3人をかわるがわる見つめた。
横にいたウェイマーと目を合わせ,僅かに微笑む。それからゆっくりと,娘の両肩に手を乗せた。



「行っておいで」
「お父様・・・!」
「話なら,後でいくらでもできる。
 だが彼の元へは,今向かわないと意味がないのだろう?」
「・・・うん!」
「陛下,ありがとうございます!」
「ほっほ,戻りましたらすぐに長話を開始しましょうぞ。ウェイマーも,待たせることになってすまんのう」
「いいえ。彼によろしく」


3人は,ここから一番近い天井のない場所・・・中庭に向かって走り出した。





ブライのペースに合わせて走りながら,アリーナは問うた。

「ブライ,あの場所ちゃんとルーラで行ける?」
「大丈夫ですじゃ。しっかりと憶えておりますぞ」

つい先日訪れた,焼け野原。元は村だった場所。
ノイエのルーラによって連れてこられたが,すぐにまた別の地に飛んでしまったため,滞在時間はほんの僅かだった。


「ノイエ,絶対あそこに行くよね」
「えぇ。きっと,皆さんを送り届けてから,たった一人で」
「そういう奴じゃからのう」
「・・・笑えてるかな」
「泣いては,いないと思います」
「そうね」




中庭に到着する。ルーラに備えて,アリーナとクリフトはブライの側に寄った。
花壇の中から猫がとことことやって来て,目の前でごろんと転がり,撫でてもよろしくてよとばかりに腹を見せた。

「あぁっミーちゃん!ちょ,ちょっと待っててね,帰ったらいっぱい撫でてあげるから!」
「ミーちゃん,夜になったら教会においで」
「んなぁ〜〜ぁ」


猫が不満げな鳴き声を上げたのと,ブライの呪文が完成したのは同時だった。
3人の姿は空に消えた。



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小さな後書き

さあ,次はいよいよ,あのシーンです。

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