クリフトとアリーナが予想した通り,ノイエは全力疾走の勢いのまま飛びついてきた。
派手に抱き合う。背中や頭を叩き,そして叩き返す。皆笑顔だった。
「なんでみんなここに揃ってるんだよ!!」
「そんなのノイエに会いに来たに決まってるじゃない」
「約束しましたよね?独りにさせない,笑っていられるように殴るなり蹴るなり替わりに泣くなりするって」
「ちゃんと泣けたんなら泣けたで,それでよかったけどね!」
「っくー,すっげぇうれし・・・いでででで!マーニャおでこ,おでこ痛い!!」
「あたしたちに挨拶もしないで帰った罰よ」
「びっくりしたわ。気が付いたら劇場からいなくなってるんだから。あぁ姉さんそのくらいにしてあげて」
長い爪で何度もびしびしと弾かれて赤くなった額を押さえながら,ノイエは涙目のまま笑った。
「いやしかし,空が暗くなったときは本当に驚いたのぅ」
「あぁ,俺も何がなんだか・・・」
「ノイエ殿。とりあえず一度,村の方々のもとへ行ってはどうだろう」
「みなさん本当は,一番にノイエ君を抱きしめたかったでしょうし」
「おぅ,気ぃ使ってくれてありがと。じゃあ行ってくる!みんなここで待っててくれな!!」
村人たちに囲まれて,ノイエは笑ったり,泣きそうになったり,げんこつが振り下ろされた頭を両手で押さえたりした。
ノイエはすぐに,村人たちと共に戻ってきた。長老と師匠,両親を皆に紹介する。
そして,7人の仲間たちを村の人々に紹介した。
飛び交う,『初めまして』と『お世話になりました』,『よろしくお願いします』の言葉。
その場はほのぼのとした空気に包まれた。
ノイエの数歩後ろには,彼をそっと見守るシンシアがいる。
改めてその姿を見て,アリーナは思わず感嘆のため息をもらした。
「彼女が,シンシアさんよね」
「えぇ。さっきノイエが名前,呼んでましたね」
「すごく綺麗で,かわいい人・・・。背も高いし」
「髪は長くてストレート,すらりと細め,ぼけぼけしてるけど実はしっかり者,顔もかわいい」
「マーニャなにそれ?」
「前にノイエが言ってた,好みのタイプ」
「そのまんまね」「そのままですね」
二人の声が揃った。
アリーナはノイエを手招きした。
「ノイエ,ノイエ」
「うん?」
「あっちの彼女,シンシアさんでしょ?紹介して!お話したいな」
「お,おぅ。シンシアー,ちょっとこっち来てくれ。
・・・紹介するな。俺の幼馴染の,シンシア・フォウビエイユ」
ノイエの隣に並んだシンシアは,綺麗な動作で礼をした。
両側で結んだ髪が,動きに合わせて揺れる。
「初めまして」
アリーナ,クリフト,マーニャの3人に,ふんわりとした笑みを向けた。
うわあぁ,と歓声を上げたあと,きらきらした目でシンシアに話しかけるアリーナ。
クリフトも上手に会話に加わる。
マーニャは風に乱れた髪を左手で整えると,唇の端を持ち上げた。
何故かあまりしゃべろうとしないノイエに向かって,他の皆には聞こえないように小声でささやく。
「あんたも隅に置けないじゃない」
「・・・えっ?なっ,違っ,そんなんじゃ」
「分かりやすい子ねぇ」
どんどん赤く熱くなっていく頬を,ノイエは制御できなかった。
場が少し落ち着いたところで,「村の皆さんも,積もる話もあるでしょうし・・・」と,トルネコが切り出した。
今日,二度目の別れだった。
自分らしい方法で,感謝の気持ちを表わそう。以前イムルでそうしたように,ノイエは一人一人,順番に抱きしめていく。
「ライアン,ありがとな。探していた勇者が俺でよかった,って言ってくれたこと,忘れない」
「あぁ。達者で。また近いうちに会おう」
「で,マーニャと結婚するのか?」
「そのつもりだが」
ぎょっとするマーニャに,ノイエは「仕返し〜」と得意げに歯を見せた。
「ノイエ,あんたねぇ・・・」
「いいじゃん別に」
「ああもう。じゃあ,あたしからも仕返ししてあげるわ」
マーニャはノイエを抱きしめた後,頬にキスをした。
「おわっっ!びっくりした」
「いい男になるのよ」
「・・・・・・おう!」
挨拶がわりの頬へのキスなら,子供の頃から村の人々と普通に交わしていたので,照れがない。
ノイエもマーニャの頬に軽く返した。どうせなら全員にしようと,ライアンにもう一度抱きついた。
「父親の気分だな」と,ライアンは笑った。
「ミネア,またな」
「ええ。幸せにね,ノイエ」
「また豆のスープご馳走してくれるか?」
「もちろんよ。おいしい状態で飲んでほしいから,遊びにくるちょっと前に,ちゃんと連絡いれるのよ」
「さんきゅ」
まるで姉のような存在だったミネアに,ノイエは感謝を込めてキスを送った。
「トルネコ!」
「はいはい。いやぁ,うれしいなあ。うれしくてさっきからニコニコし通しですよ私」
「トルネコはいつもニコニコしててくれたじゃん」
「はははは,そうですねぇ」
どんなときでもどっしりと構えてくれていたトルネコ。包容力のあるその腕は,とても力強かった。
「ブライ,長生きしろよ」
「まだまだあの世に行く予定はないわい」
「ちゃんとライデイン使えるようになったの,ブライのお陰だ」
「ほっほっほ。おぬしはなかなかよい生徒じゃったぞ」
いくつもの皺が刻まれたブライの手は,優しかった。
「アリーナ,モップ掛け競争の勝敗はお預けな!」
「今度ドックに一緒に荷物取りに行こうね。その時に勝負よ」
「おぅよ,負けないからな!っうわ,先にキスされちまった」
「先手必勝!」
小柄な身体にいっぱいの生気を宿したアリーナ。ノイエはやられたと笑いながら,頬に軽く唇を押し当てた。
「クリフトー!」
「えぇ。ノイエ,元気で。いつでもサントハイムに遊びにきてくださいね」
「言われなくても通いつめてやる。お前らの結婚式にもちゃんと招待しろよ?」
「ええっ?そ,そんな気の早い」
「うわ,やっぱ背伸びしないと届かないなぁ。くっそー」
共に支え合い,さまざまな出来事を乗り越えてきた親友。クリフトの頬はまだ,涙のにおいがした。
ノイエは改めて,仲間達の顔を順に見た。
「・・・みんな,来てくれてほんとにありがとう。
俺,これからもここで,暮らしていくから。たまにはこっちにも,遊びにきてくれな?」
「えぇ,必ず」
「手土産持参でやってこようかの」
「でもノイエ,でもとりあえず今晩は,どこか別のところに泊まらないといけないのでは?」
「あ・・・そっか」
村の緑は戻った。だが,燃えてしまった家々はそのままだ。
野宿をしようにも,この人数では無理がある。
「確かにそうだよな。うーんどうしよう」
「ほんとだったらうちの城に招待したいところだけど・・・今すごいことになってるし」
「我がバトランドにいらっしゃるか?陛下にはすぐに許可をいただけるだろう」
「あぁさんきゅ。すげぇうれしい。でも,こんな大勢でいきなり王宮におしかけるのも」
「だったらこうしませんか」
トルネコがぽんとお腹を叩いた。
「エンドールの宿屋に,私から連絡しておきますよ。
うちの店が加盟している『エンドール西通りはってん会』だけでも,宿は数軒あります。
全員必ずどこかの宿に泊まれるでしょう。いつもの宿を,窓口にしておきますから」
「まじで?そうしてもらえると助かる」
「じゃあわたしは,エンドール王に話を通しておくね。家を建てるための人手を回してもらっちゃおう。
あの国,腕のいい大工さんをいっぱい抱えてるらしいし。ノイエ,明日落ち着いたら,王様に挨拶に行ってね」
「分かった」
ノイエはこくりと頷いた後,「やっぱお前,王女様なんだなぁ」と呟いた。
「ではトルネコ,わしのルーラで一緒に行こうではないか」
「いやぁ助かります」
「あたしたちもそろそろ戻ろうかしらね」
「ええ,そうね」
「おう!みんな気をつけて」
「ルーラやキメラの翼で気をつけるのは,クリフトくらいかも?」
「すみません・・・」
「はっはっは!確かに!!
俺たちは,もうちょっと経ってから移動するな」
行き先ごとに少し離れてまとまった。
ノイエは村人たちとともに,仲間を見送る。
紡がれる,複数のルーラの呪文。
さよなら。その言葉は,この場に似合わない気がした。
仲間達の呪文が完成する直前,ノイエはとびっきりの笑顔を浮かべ,大きく手を振った。
「またな!!」
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小さな後書き
目に見えない,言葉でも言い表せない,大切なものを確認し合って。
皆再び,それぞれの場所に帰っていきました。
うちのみんな,行動やリアクションが外人っぽいなぁとつくづく思った第4話でした。
次の舞台は,サントハイムです。
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