2.coppers
「・・・あっ!パパー!!」
玄関を開けた途端に飛びついてきた息子を,トルネコはその大きな身体でしっかりと抱きとめた。
「うわぁいお帰りなさい!」
「ただいまポポロ。元気にしていたかい」
「うん!僕ね,ぜんぜん風邪ひかないし,走るのも早いし!
それに,こないだテストでいい点とって,学校の先生にいっぱい褒められたんだよ!!」
「そうか。偉いなぁ」
茶色の髪をかき回す。ポポロはうれしそうに笑った後,「パパの着替え,取ってくるね!」と,隣の部屋へ駆けて行く。
「あなた,お帰りなさい」
「ただいま,ネネ」
トルネコはネネを抱きしめ,頬にキスを交わした。
「明日の朝までは,ゆっくりできるから」
「そうなんですか・・・」
言い換えれば,明日の朝にはもう,再び旅立ってしまうということになる。
「でも,明日の夜からは,ずっと家で過ごせるよ」
「えっ。では・・・」
「長い間家を空けていて,本当に悪かったね」
「・・・いいえ。夫の留守を守るのが,妻の役目ですもの」
「ありがとう,ネネ」
トルネコは再びキスをおくった。
「・・・晩ご飯,どうされますか?」
「もう食べてきたから,大丈夫だよ」
「あなたの好きなじゃがいものスープがあるんです」
「あぁ,そしたらそれだけもらおうかな」
「すぐに準備しますね」
ポポロが持ってきてくれた部屋着に着替え,トルネコはダイニングの椅子でゆったりとくつろぐ。
柔らかな湯気が上がるスープを口に含む。結婚した当初からのネネの得意料理は,いっぱいの幸福感を伴って胃に広がった。
野原で集めためずらしい花の種を,テストの答案用紙を,自慢げに父に披露するポポロ。
食後のお茶を淹れながら,ネネは優しい眼差しで二人を見守っていた。
「ねぇ,パパ」
トルネコの隣で,自分の椅子から身を乗り出しながら,ポポロは父に尋ねた。
「なんだい」
「僕のあげた銅貨のお守り,ちゃんと,ずっと持っててくれた?」
「もちろんだよ」
トルネコは部屋の隅に置いていた荷物袋を開ける。中から小袋を取り出した。
「ほぉら」
「ほんとだー!」
天空の剣を求めて旅立つ父に,息子が贈ったお守りだった。
中には1ゴールド銅貨が一枚入っている。どうか無事に帰ってきてほしい,という願いが込められたもの。
「ちゃんと,パパを守ってくれた?」
「あぁ,すごい効き目だったよ」
「よかった!・・・僕ね,このお守り作るとき,神様に約束したんだ。
ちゃんといい子にしてるから,どうかパパを守ってください,って。
僕,いっぱい頑張ってほんとによかった」
スープによって温められていたトルネコの胸が,さらに熱くなる。
「・・・偉かったなあ」
「えへへ。でもこれからも,ちゃんといい子でいるもん」
「そうだね。じゃあご褒美に,パパからプレゼントだ」
「えっ,ほんと!うわーい!!なにかな〜?」
トルネコは荷物袋の横の,鉄の金庫を開けた。
一番奥底に二つ並んでいる白い布袋のうち,大きいほうを手に取った。
息子の小さな手にそっと持たせる。予想していたよりはるかに重いそれに,ポポロの両腕はがくんと下がった。
「うわ・・・すごい重いや。これ,もしかしてお金?」
「ああ。全部1ゴールドだよ」
「えぇっこんなにいっぱい全部!?・・・ほんとだ!」
「ポポロが生まれるよりも前から,パパとママが二人でこつこつ貯めたものなんだよ」
1ゴールドの硬貨は,親指の爪よりも小さい。しかし,塵も積もれば山となる。
ずしりと重いその袋は,ずっと続けてきた1ゴールド貯金の成果だった。
「すごいや!じゃあこの中には,僕が生まれた日に貯めたのもあるの?」
「そういうことになるなぁ。必ず一日に一枚以上は貯金していたからね」
「そしたら,エンドールに引越しした日のや,パパが旅に出た日のも混ざってるんだ!
すごいものもらっちゃった」
「明日からは,ポポロに1ゴールド銅貨を渡すから。この袋に入れていってもらえるかな」
「うん!!」
瞳を輝かせるポポロを見て,トルネコは目尻を下げた。
愛する家族。温かな家庭。
自分が守るべきもの。それは同時に,自分を守ってくれるものであり,力を与えてくれるものでもあった。
たくさんの銅貨と共に蓄積されてきた思い出。それはこれからも続いていく。
我が家の1ゴールド貯金に,終わりはない。
トルネコは改めて決意した。
・・・明日,必ず無事に戻って,ポポロに銅貨を渡すのだ。
「・・・・・・パ。パパってば」
「・・・ああごめん,なんだい」
「ここから1枚だけ,もらってもいい?」
「それはかまわないけど,なにに使うんだい」
「パパの新しいお守り作るんだ!!」
「・・・・・・」
トルネコの瞳が揺れる。
ネネがそっと,夫のカップにお茶を足した。
「だって,この銅貨で作ったらものすごく効果ありそうでしょ!
ねえママ,タンスの上にあった端布使ってもいい?」
「えぇ」
「今日中に作らなきゃ!パパ,楽しみに待っててね」
「ありがとう,ポポロ」
「うん!」
袋の中から銅貨を1枚取り出し,大事そうに握り締めながら,ポポロはダイニングを出て行った。
しかし,すぐに戻ってくると,ドアの陰から顔だけをだした。
少し照れくさそうに笑ったのち,子供らしい溌剌とした声で,言った。
「パパは世界中で一番強くて,かっこよくて,素敵なパパだよ!!」
トルネコはネネが淹れてくれたお茶を一口飲むと,ふぅ・・・と幸せそうに息をもらした。
仲間達も,今頃こうして幸せな時を過ごしていることを,彼は願った。
向かいの椅子に,ネネがそっと腰掛けた。
「あの子,自分の部屋で,悪戦苦闘しているでしょうね」
「あぁ,目に見えるようだよ」
「・・・明日の夜は,ご馳走を用意しておきますね」
「ありがとう。頼んだよ,ネネ」
テーブルの上に置かれた白い袋の口からのぞく,あかがね色の輝き。
ふと,トルネコの視線が,扉を開けたままの鉄の金庫へと流れる。そこに収まる,もう一つの小さな白い袋。
実はその中身も,すべて1ゴールド銅貨だった。
個人の財布とは別に,仲間全員の食費や宿代として預かっていた財布からも,トルネコは1ゴールド貯金をしていたのだ。
家の分に比べると,その量は遥かに少ない。
しかしそれらすべてが,旅の記録であり,大切な仲間との繋がりの証だった。
自分たちの旅は長く語り継がれていくのだろう,と,トルネコは思った。
おそらく,この銅貨が錆び,緑の粉を噴き風化する頃になっても。
勇者と導かれし者たち。激闘。悲劇。試練。挑戦。民衆に好まれる英雄譚。
だが,それだけが全てではない。辛いことばかりではなかった。むしろ楽しかった時間のなんと多かったことか。
食事の時間。出航前の買出し。船での移動。就寝前の語らい。
若者たちの成長を目の当たりにしたときの驚き。父親のように頼ってもらえる喜び。
そんな,小さな幸せが詰まった日常のすべてを,この1ゴールド銅貨たちは見てきたのだ。
トルネコは椅子から腰を上げ,金庫の前まで行って,袋を手にした。
明日,これに入れる最後の銅貨は,一体何を見ることになるのだろう。
「・・・やはり物語は,ハッピーエンドじゃないとなあ」
「どうしました?」
「いいや。・・・これも結構ずっしりくるな,と思ってね」
銅貨一枚一枚が見てきた一年間を振り返り,トルネコは袋を両手で包み込むと,そっと笑った。
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小さな後書き
銅貨は,家族との,そして仲間達との日々の証。
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